タイトル: 教養としての「ラテン語の授業」 – 古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流
著者: ハンドンイル/本村凌二/監訳 岡崎暢子/訳
出版者: 東京 ダイヤモンド社
出版年: 2022.9
形態事項: 275p 21cm
———————–
東アジア人で初めてバチカン裁判所の弁護士となった著者が自身のローマでの経験や人生の歩みを振り返りながら、ラテン語の魅力、リスペクトについて語った一冊。
大学における講義を整理して本としてまとめて読みやすいが、内容は深い。
とてもおもしろく読んだ。
ラテン語は西洋文明の根源ともいわれるわけで、歴史、哲学はもちろん、バチカンという場所柄、宗教、そして欧州の中心で使用されてきたことで、文化、経済にも多大な影響を与えてきたことや、そこから人類は何を学んできたのかを、著者の専門分野であるラテン語の名文から学ぶことができる。
特に気に入ったところを下記に記しておきたい。
Tantum videmus quantum scimus. (タントゥム・ヴィデムス・クァントゥム・シュィムス)
我々は自分が知っているものしか、目に入らない。
毎日を生きる中で覚えておかないといけないのは、知識があればそれだけ世界を見る解像度が上がり、物事がよく見えるようになるということ。
知る対象は知識に止まらず、なにより自分を知り、客観視できるようになること。
自分を知れば、悟ることもできる。
自分を客観的に見つめると同時に、外部の情報を受け入れる寛容さを持つこと。
そうすれば、見聞きするものすべてが深く心に残るようになる。
文中にはこのような表現でまとめられていた。
「きっと誰かの出会いもその場限りの出会いではなく、意味のある出会いとなり、頬をかすめるそよ風や、昨日と今日とで異なる花のつぼみにも、感動を覚える瞬間を見いだせるようになります。」
あらためて感じたのは、この教えは、マインドフルネス、ひいては、禅の考え方に通じるということ。
思い煩いに右往左往させられるのではなく、今に集中して物事を客観視し、すべてに愛情をもって日々を生きよ。
歴史を生き抜いた普遍的な学びは、洋の東西に通づる。
ラテン語に興味のある方はもちろん、西洋文化の中央に鎮座してきた古都ローマでアジア人として暮らすことに興味のある方は、ぜひ手に取っていただけるとよいと思う。
■ご参考:
『ラテン語を学ぶと、とてつもなく頭が良くなる理由』
『「毎日がつらい」絶望するあなたを変える、たった1つの考え方』