おもしろいドラマだった。
もともとは2021年の放送だった模様。
これまでなんで知らなかったのかな。
ネットフリックスに入ってて初めて見たら、プロットもよく練られてて、嫌味なく最後まで飽きさせない感じの良いドラマだった。
それにしても、宮藤氏の脚本に円熟味を感じさせる一本。
プロレスラー主人公 ✖ 能 の組み合わせが抜群。
ポジティブな化学反応が気持ちいい。
おかげですっかり能にも興味が出てきた次第。
会話のやりとりなどテンポもよく、いろいろと勉強になったので、書籍化された脚本を借りて読んでみた。
脚本は言わずもがな、制作に関わった方々のインタビュー巻末に掲載されていて興味深い。
能楽の指導をされたシテ方観世流能楽師の方が、ドラマで演じられたそれぞれの演目について解説を寄せている。
これだけで能の入門書みたいになっていてためになった。
そこで、今日も抜き書きする。
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P. 326 教養としての「能」演目編
室町時代に世阿弥が大成した能は約700年もの歴史を持つ日本独特の歌舞劇です。演目の多くは源氏物語、平家物語、今昔物語、和歌など室町時代に人気のあった古典を題材にして作られ、約二百数十曲が現在も演じられています。
最初に登場するのはとてもよく知られた【羽衣】。三保松原をはじめ、日本各地で伝わる羽衣伝説を元にしています。天女の衣を拾った漁師は、羽衣がなければ天に帰れないと嘆く天女に、舞を見せてもらうことで羽衣を返す約束をします。天女のの舞は、動きが大きく華やかで、衣装も美しいことから人気がある演目。
次に寿一(ドラマの主人公)が観山流の門弟と認めてもらうために【高砂】の仕舞(一曲の見どころを紋付と袴で舞うもの)を披露します。【高砂】は松の精を名乗る老夫婦が主人公。高砂の松と住吉の松は「相生(あいおい)の松」と言われ、同じ根を持ち離れ離れになっても一心同体。夫婦円満がテーマの演目です。そのため、結婚式のひな壇のことを「高砂席」と呼んだり、お祝いの宴で【高砂】が謡われたり、ワードとしてもとてもポピュラーです。元来、日本人は松に神様が宿ると信じていました。能は神様に捧げる芸能であったため、能の舞台の鏡板には必ず老松(おいまつ)が描かれています。
二人で舞う場面に登場するのが【小袖曽我(こそでそが)】。二人が同じような動きをする舞を「相舞(あいまい)」といいます。女性が舞う相舞には「二人静(ふたりしずか)」がありますが、【小袖曽我】は勇ましい武士の舞。テーマは兄弟愛です。父親の仇討ちに行こうとする曽我祐成(すけなり・兄)と時宗(弟)。母に勘当されていた弟・時政をなんとか許してもらい仇討ちに行くという物語。ドラマでは大洲と秀生の従弟同士で舞う予定が、寿一と秀生が親子で舞い、実はかつて寿一と寿限無が兄弟とは知らずに舞っていたという、【小袖曽我】そのもののシチュエーションが浮かび上がります。
中盤に登場するのが【道成寺】。基本的な能の構え、立ち姿、摺足など、能の技術がすべて詰め込まれ、若手の能楽師は【道成寺】を舞ったならば一人前と認められる演目。一人前といっても、本当の能の修業はそこから始まります。前半に登場する足先に集中した動きと小鼓の「乱拍子」、大枝の「鐘入り」、蛇となった女性の情念……静と動が共存する大曲です。ドラマでは芸養子だと思っていた寿限無が寿三郎の実の息子だと判明し、怒りと悲しみを込めて【道成寺】を舞います。
後半に登場する【土蜘蛛】は化け物退治の物語。土蜘蛛の投げる蜘蛛の巣は放射線を描いて美しく、激しい戦いの動きも多いので、人気のある演目です。土蜘蛛は単なる蜘蛛ではなく、古代日本で天皇に従わなかった土蜘蛛族のことを指しているとも言われています。
終盤でドラマとシンクロするように登場するのが【隅田川】。能が作られた室町時代は医療も発達しておらず、子供たちも病気になったり亡くなったり、人さらいに遭うなんてこともありました。我が子を人さらいに連れ去られた母親が、子供を捜して乗った渡し船で子が亡くなったことを知るという、能の中でも悲劇中の悲劇とされる演目。世阿弥の息子、元雅が作者で、息子・元雅は最後に亡霊となった子供を出した方がいいと言い、父・世阿弥は演出的に出さない方がいいと論争になったことが、『申楽談義(さるがくだんぎ)』に残されています。【隅田川】のテーマ、親が子を想う気持ちは今の世でも変わりません。能の演目には、儚さや、怒りや悲しみといった人間の持つ感情がすべて入っています。能楽師たちは、「能」という様式美の中でそれらを表現してきました。「能」が今日も演じられている所以はそこにあるといっても過言ではありません。
私は現代人なので、テレビも見るしドラマも見る。観世銕之丞(かんぜてつのじょう)先生には「棺桶から足を出しちゃいけない。出すか出さないかギリギリのところで表現しなくちゃいけない」とよく言われました。
ドラマに登場する演目は、初めての人でも楽しめるものばかり。まるで、人気曲をちりばめたいいとこ取りのダイジェストを見ているようです。
さて、【羽衣】の天女は、さくらさんだったのかもしれませんね。