12月に入ると、もう年末だ。
この時期は一年間に読み終えた本の山をSNSで披露する読書ブロガーのキラキラ写真を見ていつも嫉妬する。
読むのはそこまで遅くないと思うのだが、同時に何冊も読むたちで、なかなかまとまってこの本とこの本とこの本を読了しました、という分かりやすくて、きれいなタイミングが訪れない。
うかうかするともう何年も取り掛かってまだ読み終えていないものも数冊ある。
たとえばジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』。
文章も難解だし、情景を頭に浮かべるのにもずっと苦労している。
また読むだけではなく、原書を書き写したりもしているので、ページは一向に進まない。
こだわってお気に入りの万年筆を使ったり、そのインクが切れたら途中で止めて、ちょっと他のペンを使ってみたらなんだか調子が出ず書き写すスピードが落ちて、あっという間にまた今年も読み終えなかった。情けない。
このころはちょうど毎年、読書家・ビル・ゲイツ氏が今年読んだ本のリストを発表するころだなぁと思っていたら、出ていた。
今年はこの一年間ではなく、期間の幅を広げ、なんと「人生で最高の本」として、5冊紹介している。
「今年の年末年始の読書は、いつもと違うことをやってみようと思いました」とのこと。
なんと、自らBookele(本の妖精?)に扮し、おしゃれな動画まで作成しているではないか。
ここまで書いたついでに、動画で紹介されているゲイツ氏のベストオブライフ・セレクションもご紹介しておく。
(詳しくはこちらのゲイツ氏自身による詳細記事もおススメ)
◆大人向けSF入門に最適な本『異星の客 (原題:Stranger in a Strange Land)』
ロバート・アンスン・ハインラインによって1961年に書かれたSF小説。
ゲイツ氏と共にMicrosoftを創業したポール・アレン氏との出会いに深く関連した一冊で、二人が最終的にコンピューターに関わることになるきっかけを作ったとのこと。
世界を変える企業の創立にSF作品が土台になっているのが興味深い。
世界を変える事業も下地にあるのが想像力というところがなんだかうれしいし、納得。
◆伝説的ミュージシャンによる回顧録 『Surrender』
人気ロックバンド「U2」のボーカルを務めるボノ氏が2022年11月に出版した回顧録。郊外出身の少年が世界的ロックスターになるまでの過程が描かれている。ゲイツ氏とは公私ともに交友がある様子。
ボブ・ディランも含め、最近は大物音楽家の自伝的作品で秀逸なものが多い。
この回顧録の中では、ボノが自らの尊大さ、信仰、「白人の救世主」的な活動のルーツについて臆せず語っているところが別の批評家にも評価されていた。
◆国家運営のための最良のガイド『リンカーン (原題:Team of Rivals)』
ゲイツ氏は第16代米国大統領エイブラハム・リンカーンの大ファン。
リンカーン関連の書籍を大量に読み、資料も集めてきたとのこと。
その中でも最高のリンカーン関連書籍がドリス・カーンズ・グッドウィン氏によって記された『リンカーン』だそう。
オバマ大統領もリンカーンの熱烈な崇拝者だったと思うが、リーダーシップの極みに立つ人にはこの政治家はやはり必読の一人と見る。
◆自分の道を切り開くための最高のガイド『インナーゲーム (原題:The Inner Game of Tennis)』
テニスコーチのティモシー・ガルウェイ氏が著した1974年出版のこの本は、テニスをしたことのない人でも何か得るものがある。
体力と同じくらい、あるいはそれ以上に、心の状態が重要であると主張する本。
内なるゲーム「インナーゲーム」の重要性を説く。
ゲイツ氏曰く「ミスから建設的に立ち直るための素晴らしいアドバイスがあり、私は長年にわたってコートの内外でそれらを実践するよう心がけている」。
少し前に叩かれたゲイツ氏本人のスキャンダルの対応にこの本の教えはどう役になったのだろう、ちょっと気になる。
◆周期表に関する最高の本『メンデレーエフ元素の謎を解く (原題:Mendeleyev’s Dream)』
化学の発展には風変わりな人物がたくさんいる。本書はその歴史を古代ギリシャの起源まで遡り、科学がどのように発展し、人間の好奇心がどのように進化してきたかを示す、興味深い一冊とのこと。
ゲイツの理系感が伝わってくる。
こういった本のリストは、紹介された本そのものを読んでみることももちろん大事だが、ビル・ゲイツという人物を理解するためにこそあると思う。
今の彼を作り上げたのがこういった本だと思うと、それぞれの本への興味も増すし、ゲイツ氏がどんなことに興味があってその人生をどんな指針のもとに生きてきたか、あるいは少なくとも生きようとしてきたか、が少し覗けた気になる。
ましてや稀代の読書家だ。
裏を読み解く楽しみは尽きない。
さて、本題に戻ろう。
遅読という言葉がある。
「スローリーディング」とも呼ばれ、じっくりと時間をかけて一冊の本を読むことだ。
我々のようにビジネスの世界に身を置いていると、すべてにおいて効率性と生産性が問われる。
何ごとも素早く時間をかけずにより大きなメリットを得ることがよしとされる世界だ。
そこにあえて時間をかけて一冊の本と向き合い、著者と対話を行う。
本に書かれていることを知識として吸収するのではなく、自分の知恵にする意識。
きっとこれが大事だ。
英・Guardian紙に興味深い記事が出ていた。
ゆっくり読む、ことには力があるという。
『千年の祈り』などの著作で知られる、ブッカー賞の選考委員も務めた経験を持つ、中国系アメリカ人作家のイーユン・リーは、プリンストン大学のクリエイティブ・ライティングの学生たちに、この遅読の重要性を伝えている。
「学生たちは『私は1時間に100ページ読めます』と言います。でも、私は1時間に100ページも読んでほしくない。1時間に3ページ読んでほしいんです」と。
では遅読とは具体的にどんな読み方をすればいいのだろうか。
ここでも、リー氏の具体的な方法から学ぼう。
「私は1冊の本をじっくり読みたいので、どんな本でも1日10ページだけにしています。」
平均して1日に10種類の本を読み、それぞれのタイトルに30分ほどを費やすという。
実際そのペースだと、1冊の小説を読み終えるのに3週間かかることもあるのだとか。
「2~3週間も本と向き合っていると、その世界に入り込んでしまうんです」
なるほど、ここに妙味がありそうだ。
その世界の中に入るというのは、ただ本の内容を頭に入れることに留まらない。
積極的に、能動的に、前のめりに本の世界に入り込み、想像力をフル回転して浸からないといけない。
ここで重要になるのがどんな本を遅読の対象にするかだと思う。
古くから伝わる古典は当たり外れがない気がする。
今に至るまで生き残ったということにはきっと理由があったはずだろうから。
あぁ、でもこれも教科書的で優等生的な回答だ。
背景にサラリーマン根性があって、どうせ時間をかけるなら元を取りたいからだ。
レバレッジを効かせた生産性、手っ取り早く今すぐの効率性。どちらもつくづく悪い癖だと思う。
もっとスローに、楽しんで選ぶべきだ。
ただ、それでも普遍的な学びのある本を選びとりたい。
前述のIT億万長者の人生のマイベストからでもいいし、英国放送協会が腕によりをかけて選んだリストでもいいし、あるいは積ん読の中から選んでもいい。
あるいは、この時期は各紙、この一年に出版された素晴らしい本の発表をしてくれる。
そこから気になったものと向き合うのもいい。
ここまで、自身の遅読を慰める文章を書いてみたが、想像力を持ってその世界に入り込むレベルにはなかなか到達していないことに気付いた。
もっと、深く、長く、静かに、浸からねば。
年末年始は、とっておきの一冊と、ゆっくり、じっくりと向き合ってみよう。
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