副題、「なぜ俺はこんな人間になったのか?」のとおり、作家・町田氏を形作ってきた読書遍歴、文章修行、音楽の影響など自分語りだけは避けてきたのに、というご本人の気持ちとは裏腹に、とてもためになる一冊。

町田氏の独特の文体やストーリーの裏にどんな魂胆があるのか、なぜ笑いが重要な要素となっているのか、様々な学びが詰まっている。

 

もう何度読んだか分からない。この連休でまた読んだ。

ときどきこうして自分に思い出させるために再読する。

 

文体チェック。

三つのポイントとして、こんなポイントをあげている。

・自分が文体でチェックしているポイントというのは、わりと簡単なことですけど、三つありまして。
 一つは、自動的な、オートマチックな言葉遣いになっていないか。とはいえども、しょっちゅう聞いたりしている言葉は自然にパッと使ったりしてしまいますから、たとえば、マスコミとかで大量に流布している言い回しとか、そんなものを自分がオートマチックに使っていないか。これは、玄人の小説なんかを読んでいても、「あ、ちょっとここは油断してオートマチックな言葉を使っているね」とわかります。それは徹底的に排除する。  

・ということは、イコール二番目ですけども、それは、ひたすら新奇な言葉を求めるんじゃなくて、古さもあって、自分がその言葉をどこまで本当に理解して使っているか。オートマチックに使っているということは、耳から入ったその言葉を表面上通過して、そのまま加工せずに出しているということですから、文章の自動の点検をせずに、なんなのかわからずに言葉を自動的に使っているということです。言葉には背景、バックグラウンドがあって、その言葉一つには、歴史上のことも含めて、多くの人やモノやコト、そういうものが関わっている。その経緯を知らないで簡単に言葉を使うと、それはまるで、あまりよく知らない外国語で文章を書いているようになってしまう。自分が言語を支配するんじゃなくて、その言葉の景色の一端に繫がること、自分こそがむしろ、その言葉によって照らされている景色の一つであるということを意識すれば、オートマチックな言葉遣いを避けることができる。  

・それから三番目は、オリジナリティに拘泥しないことです。自分の色を出してやろうとか、自分の文章を書いてやろう、俺の文体をつくってやろうということじゃなくて、誰かに憑依されることを恐れない。

 

 

以下、抜き書き。

 

人が文章を書くときというのは、誰もがこの自意識に苦しめられるんですね。あるいは、この自意識に苦しめられなかったら、もしかしたら、ちゃんと書いていないということになるのかもしれない。この自意識を克服するのが、やっぱり、文章を書くときの第一歩だと思うし、そのための手立てというのは、みんながさまざまに講じて、自意識から逃れることをやろうとする。その 衒いとか、カッコつけとかいうものから逃れる手続きが必要だと。それが、随筆を書くということだと思うんです。だから、その自意識の抜き方、逃れ方がわからない状態でいきなり小説を書き始めると、なかなか苦労するんじゃないかと推測します。

 

どうやって、読んでもらうために何をやったか。それはですね、エッセイだけに限らず、文章を書く上で、非常に秘伝のタレなんです。もう大秘密で、これを言ってみんなが会得すると、文章を書く商売をしていくことができなくなるので、ホンマは言いたくないんですけど、ここまで追い詰められた以上は、自分で追い詰めているわけですけど、言わなしょうないから、言いますけど、これをやったら、誰でも、無名であろうが、なんであろうが、絶対におもしろい文章を書くことができるというコツがあるんです。  これは何かといったら、ひと言で言えるんです。これはですね、「本当のことを書くこと」なんです。本当の気持ちを、そのときどきの本当の気持ちを書くことなんです。 「そんなん、普通ちゃうんか」と言うかもしれませんけど、実はね、これをやっている人は、ほとんどいないんですよ。文章がうまい人はいます。文章のうまさで読ませる人はたくさんいます。でも、そのときどきの本当の気持ちとか、本当に思ったこととか、本当に考えたことを、自分が本当に──というのは、本当に頭の中で浮かんでいたこと、これをそのまま書いている人、加工はします、文章の技術は使います、ただ、その気持ちをダイレクトに書いている人っていうのは、ほとんどいないんですよ。でも、たまにいるんですね、たまにいると、そういう人の書いた文章を読むと、メチャメチャおもろいんです。西村賢太の小説が、なぜ、おもろいか。ホンマに書いているからです、思うたことを。これがおもしろいんです。

 

人間が本当のこと、変なことを考えていて出せない理由は二つあります。  一つは、さっき言った、文章の自意識。なんか、カッコええことを書かなあかんからとか、いざ文章を書くとなると、ええ感じにせなあかんなという、そのことに阻まれて書けないんです。それともう一つ、なんの自意識に阻まれているかというと、普通という意識です。これが普通で、俺の考えていることは変なことやと、「こんなことを言ったら、俺は社会的に生きていけない。抹殺される」と思ってしまうこと。そこまで行かなくても、「カッコ悪いかもしれない」とか「友達を失うかもしれない」とか「なんか、批判されるかもしれない」とか、「これを言ってしまったら、俺は終わる」という恐怖。それに阻まれて、せっかく、本当に考えているおもしろい、変なことが書けないんです。  本当のことを書くと、エッセイが必ずおもしろくなるんです。でも、自分の文章的な自意識と、普通という、社会とか世間の自意識みたいなものを勝手に意識して、勝手に意味なく 忖度 して、そこにたどり着けない。自分の本当にたどり着けないんです。だから、自分の本当を書くためには、そこにたどり着く必要があるんです。

 

そのために、文章を書くためには、文章を書くときのカッコつけの自意識を外すことをしなければならない。まず、一度外すと文章の自意識がなくなります。そうすると、文章を書くことが楽しくなって、スルスルと文章の推進力によって、言葉を書き進めていくことができます。その、言葉を書き進めていく推進力に従ってどんどん進んでいくと、自分が本当に考えている変なことにたどり着くかもしれない。その、自分が本当に考えている変なことが、実は、何を必要とするかというと、それを気持ちよく提出するためには、文章の技術を必要とする。その文章の技術を得るためには、自分の文章の自意識を取り払わなければならない。そして、また最初のところに戻るわけですが、もう一度、そこにたどり着いたときには、今度はさらに、もう一層下の自意識──自意識も一度取り外したら終わりじゃないですから、さらにもっと深く、もっと大きく自意識が取り外されますから、もっと広がっていく。このことをどんどん繰り返していくことによって、おもしろい文章を書くことの秘儀に、呪術に到達できるわけです。

 

でもこれは、一度やったから永久にできるようになるということじゃなくて、また自意識が戻ってきたりとか、世間の良識、普通という呪縛、「俺、普通じゃないかも」という恐怖みたいなものが常に積もり続けていますから、これを続けるためには、日々文章を書くこと、一日も休まず書き続けるということが必要です。

 

 

これを読むと作家の深層心理に近づける気がする。

そして作家が何を狙って書いていて、どう書いているのかがわかってくる。

 

読書文献として巻末に引用した本の数々をあげている。

まさに「町田康」を作った本といえる。

読書案内(引用文献★)

 『物語日本史 1 日本の国づくり/聖徳太子物語』(平塚武二著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 2 遣唐使物語/羅城門と怪盗』(中沢巠夫著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 3 源平の合戦/三代将軍実朝』(榊山淳著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 4 モンゴル来たる/太平記物語』(滝口康彦・古田足日著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 5 戦国の名将たち/鉄砲伝来物語』(柳田知怒夫著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 6 信長と秀吉/関ケ原の決戦』(池波正太郎著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 7 ザビエル渡来物語/島原の乱』(劉寒吉著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 8 勇将山田長政/赤穂浪士』(稲垣史生著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 9 幕末のあらし/西南の役』(戸川幸夫著、学習研究社、一九六七)
 『物語日本史 10  日清日露戦争/太平洋戦争』(高村暢児著、学習研究社、一九六七)
 『船乗りクプクプの冒険』(北杜夫著、新潮文庫、一九七一)
 『遙かな国 遠い国』(北杜夫著、新潮文庫、一九七一) ★
 『にぎやかな未来』(筒井康隆著、角川文庫、一九七二)
 『笑うな』(筒井康隆著、新潮文庫、一九八〇)
 『幻想の未来』(筒井康隆著、角川文庫、一九七一)
 『夜を走る トラブル短篇集』(筒井康隆著、角川文庫、二〇〇六) ★
 『ピンチランナー調書』(大江健三郎著、新潮社、一九七六)
 『大江健三郎全小説3』(講談社、二〇一八)
 『中原中也全詩集』(角川ソフィア文庫、二〇〇七)
 『壊色』(町田康著、ハルキ文庫、一九九八) ★
 『萩原朔太郎詩集』(岩波文庫、一九八一) ★
 『浄土』(町田康著、講談社文庫、二〇〇八) ★
 『山椒魚』(井伏鱒二著、新潮文庫、一九四八) ★
 「現代詩手帖」一九九二年五月号(思潮社、一九九二) ★
 『大菩薩峠』全二十巻(中里介山著、ちくま文庫、一九九六)
 『パンク侍、斬られて候』(町田康著、角川文庫、二〇〇六)
 『半七捕物帳』全六巻(岡本綺堂著、光文社時代小説文庫、二〇〇一)
 『池澤夏樹゠個人編集 日本文学全集 08  日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』(町田康ほか翻訳、河出書房新社、二〇一五)
 『ギケイキ 千年の流転』(町田康著、河出文庫、二〇一八)
 『ギケイキ2 奈落への飛翔』(町田康著、河出文庫、二〇二一)
 『猫とねずみのともぐらし』(町田康文、寺門孝之絵、フェリシモ出版、二〇一〇)
 『名探偵登場!』(筒井康隆、町田康ほか著、講談社文庫、二〇一六) ★
 『男の愛 たびたちの詩』(町田康著、左右者、二〇二二)
 『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子著、河出文庫、二〇二〇)
 『土の記』(高村薫著、新潮社、二〇一六)

 

【今日の学び】

 大事なのは、本当に思ったことを書け、それには自意識を捨てる必要がある、そのためには毎日毎日書く必要があるということ。

 文章を書く人には必読な一冊。

 

【読書】『浄土』町田康