作家・伊集院静さんが、11月24日に肝内胆管がんで亡くなられた。
伊集院さんが書かれたギャンブルについてのエッセイや、小説『羊の目』が好きだった。
無頼派といった紹介をされることが多いと思うが、私には大人の男の人、といった感じで、憧れていた。
ギャンブルでも散財でも、自分が起こすことは自分で責任を取る、このあたりのスタンスが洗練されていてかっこよかった。
フィクションでもあんな壮大な物語を書く方が、その力全開でエッセイを書かれたら、おもしろくないわけがない。
単なる一読者としてでしかないが、「作家の生きざまとはいかにあるべきか?」 を伊集院さんには見せてもらった気がする。
心からご冥福をお祈りします。
さて、そんな伊集院さんが執筆の際に使っている文房具について語っている記事があった。
DIME 2013年7月号 作家・伊集院静 文具の流儀 から。
この記事を読んで以来、自分もボールペンの芯に、ジェットストリームを使っている。
以下一部抜粋。
・文房具のたしなみなどを考えたこともないが、万年筆にしてもボールペンにしても、やはり手に一番しっくりなじむものを使っている。なにせ1か月で300~500枚の原稿を書いているので、できる限り筆圧がかからないものを選ぶね。
・普段、小説やエッセイはボールペンで書いている。使っているのは三菱鉛筆の『ジェットストリーム』。ラジオ番組のような名前のボールペンだね。
・1mmと0.7 mmを使い分けている。疲れたときには1mm、疲れていない時や漢字を多く書く時には0.7mm。だから文字が太くなったら、「ああ、ぼちぼち疲れてきたんだなあ」「そろそろ終わりかなあ」となじみの編集者にはわかるんだ(笑)。
・例えば、400字詰めの原稿用紙に誰かの文章を書き写すとする。間違いのないようにていねいに写すと15~20分ほどかかる。しかし自分の頭で考えた文章ならば、7分ほどで書くことができる。小説にしてもエッセイにしても、考えたことが同時進行でそのまま文字になる。
・そのスピードを支えてくれる筆記具が、このボールペンだ。一本のインクが、ほぼひと版でなくなってしまう。それを見て女房が、「私のボールペンのインクは2年たってもほとんど減らないのに」と、感心する。
・なぜそこまで速く、量を書くのか、そうしないと銀座で遊べないから……という冗談はさておき、量は質を凌駕するというのが私のモットーだからだ。
・若い作家や編集者に「量を書け、量を書いたらお前の欠点もわかるし、書く中でしか次の場所は見つからない」と話す。しかもスピードを上げて書かなければ意味がない、と。
・クルマでいえば時速30kmで走るのと、時速120kmで走るのとでは、見える景色が違う。どちらも目的地へ向かうことには変わりはないが、スピードを上げて水平線の彼方を目指すことが大切。
意識的にスピードを上げて書け。
そして、なにより量を書け。
また一つ勉強になった。
惜しい方を亡くした。
どうぞ安らかにお休みください。