最近、イギリスを代表する作家、カズオ・イシグロについての記事を目にすることが多かったです。
黒澤明の名作『生きる』のリメイク版 公開を控え、そのプロモーションもかねて関連記事が出ているのかもしれません。
日本での公開は3月だそうです。
今から楽しみですね。
ツイートにも書きましたが、待ちきれずに先にこちらで脚本を読んでしまうか、悩んでいます…。
さて、そんな中、「イシグロが選ぶトップ 10 選“Kazuo Ishiguro’s Top 10” 」として自身が影響を受けた作品をこちらの記事で紹介していて、とても興味深かったです。
Source:https://www.criterion.com/current/top-10-lists/518-kazuo-ishiguros-top-10?fbclid=IwAR1WyIdHrc0d9FBm1vTsvt_EdHAzXkjp4iWwvon0C8DVPTHxxebgkbUzQUU
ご存じの方が多いと思うが、リストに入る前に、まずはカズオ・イシグロの紹介から。
イシグロはノーベル賞を受賞した小説家、脚本家、作詞家。
1954年に長崎で生まれ、5歳のときに両親とともに英国に移住。
著書はすべて英語で書かれこれまで50カ国語以上に翻訳されている。
世界中で多くの賞を受賞しており、『日の名残り』ではブッカー賞を受賞している。
『わたしを離さないで』は映画化され高い評価を得た。
2018年にイギリスから爵位を授与されたほか、フランスから芸術文化勲章シュヴァリエ、日本から旭日重光章の叙勲を受けている。
最新の脚本は、黒澤明監督の「生きる」を再映画化した「Living」。
それではさっそくイシグロが選んだ10作品を見ていきましょう。
「」内はイシグロのコメントの要約です。
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1.上海特急
ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督
「私は列車映画が大好きだ。列車が主な舞台となる映画で、列車が世界のすべてとなるような映画。
この映画は、マレーネ・ディートリッヒの全盛期を象徴している。
この作品では、彼女の世を忍ぶようなエロティシズムが、重要な人物像を幾重にも浮かび上がらせるように展開されている。
特に長い映画ではないが、最後には叙事詩を見終わったような気分になる。」
2.或る夜の出来事
フランク・キャプラ監督
「この映画を選んだ理由は、私が大好きな1930年代のスクリューボール・コメディの典型的な作品だから。
これらの映画は、ロマンチックコメディと社会批判が魅力的に融合している。
大恐慌の時代、アメリカンドリーム全体が崩壊しつつある中で、ハリウッドは大衆を楽しませ続ける方法を考えなければならなかった。
美しく楽しいラブストーリーであると同時に、原始的なプロト・フェミニストである。
(プロト・フェミニスト:フェミニストの概念自体がまだ知られていなかった時代の現代のフェミニズムを予期する概念)
本作はアメリカン・ドリームの不安定さを憂うものだが、軽妙でロマンチックな笑いは健在だ。」
3.博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
スタンリー・キューブリック監督
「キューブリックは多くの名作を作ったが、これが一番好きだ。
核戦争という最も暗いビジョンを描きながら、それをコメディに仕上げたキューブリック監督の手腕。
人類の終わりを告げるには、なんという方法だろう。」
4.老兵は死なず
マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー 監督
「この映画は、私が思うほどには知られていない。
私にとっては、最も偉大なイギリス映画だ。
この映画を見るまで、イギリス映画といえば白黒の質素なものだと思っていたが、この映画は映像的にもテーマ的にも非常に包括的といえる。
一人の軍人の40年にわたる人生と、あるドイツ人との20世紀前半の友情、そしてナチズムがドイツを支配し始めるとどうなるかが描かれている。
本作が作られたのは1943年なので、製作者はまだ戦争の結末を知らない。
この映画はまた、イギリス人というものについて、何がすばらしくて、何が愚かなのかを探究している。
私は映画館でこの映画を見た。そして、家に帰ってから『日の名残り』を書いた。」
5.パンズ・ラビリンス
ギレルモ・デル・トロ監督
「ギレルモ・デル・トロは、現代の映画界で最も注目すべきアーティストの一人だと思う。
本作を観た人は皆、圧倒される。
人間にはファンタジーが必要だということを描いた素晴らしい映画。
人生があまりにも過酷になったとき、私たちには逃避する場所が必要だ。
この映画は、ファンタジー、アニメーション、戦争叙事詩の要素に、家庭のトラウマや子供の視点というテーマを組み合わせており、そのどれもが優れている。
人間の良識と勇気を称える一方で、世界がいかに恐ろしいものであるかを認めている一作。」
6.シェルブールの雨傘
ジャック・ドゥミ監督
「この映画といえば、ミシェル・ルグランの音楽が思い出されます。
この映画では、すべてのセリフが口語ではなく、歌で表現されている。
大胆な色合わせもとても印象的だ。
しかし、この映画が非常に興味深いのは、このような高揚感とは対照的に、私たちの人生のほとんどがいかにコントロールできないかということを語っている点だ。
これは運命についての映画なのだ。
たとえ深く愛し合っていても、物事をコントロールすることはできない。
このエンディングは、まさにビタースウィート(ほろ苦い)そのものだと思う。
私がこの映画に出会ったのは、90年代半ば。それまでは、特に見ようと思っていた映画ではなかった。
観た後はただただ信じられなかった。信じられないような作品です。」
7.バルカン超特急
アルフレッド・ヒッチコック監督
「ヒッチコックがアメリカに来る前に作った映画の中で、この映画が一番好きだと言っていたが、実はヒッチコックの映画の中で一番好きな映画かもしれない。
純粋にロマンチックで、ロマンチックコメディとして成立しています。
二人は青春の愛に満ちていて、お互いに惹かれあっていることが納得できる。
この映画は第二次世界大戦の前に作られたものだが、当時の最大の問題の一つであるナチス・ドイツに宥和するかどうかという、真の政治的主張で終わっている。
美しい演出、気品のある脚本、個性豊かな俳優陣。私はヒッチコックの後の傑作も好きですが、この映画は私がいつも戻ってくるヒッチコック作品である」
8.晩春
小津安二郎監督
「おそらく私が最も好きな映画監督である小津の作品。
本作の核となる父と娘の関係は、小津監督が何度も繰り返し描いているもので、意外にも映画ではあまり扱われていないテーマである。
この映画は、親が愛する子供を手放すために必要な寛容さについて描いたもので、子供の幸せを考えるなら、すべての親がやらなければならないことを描いている。
小津は通常、ビル・ナイを思わせる名優、笠智衆が演じる父親の視点から物語を語らせる。
本作の父親は孤立と孤独の中で老いていくことに直面するが、それでも娘を結婚に追い込もうと懸命に努力する。
それが娘の幸せを保証する方法だと知っているからだ。
恋愛というのは、二人が電車で出会って結婚するということだけではないのだ。
人は愛する人のためにしばしば本当の犠牲を払わなければならないが、小津の深い作品はいずれもこのことに触れている。」
9.生きる
黒澤明監督
「私が本作を初めて観たのは、イギリスで育った子供の頃だった。
それは当時見ることができた数少ない日本映画のひとつだったからというだけでなく、学生時代から大人になるまでの間、ずっと心に留めていた、とても勇気づけられる作品だったから。
それは、スーパースターになる必要はない、なにも世間から称賛されるような立派なことをする必要はないと語りかけてくれた。
少なくとも私はそう考えていた。
多くの人にとって、人生は非常に窮屈で、地味で、イライラするような毎日だ。
しかし、どんなに小さな人生でも、最高の努力をすれば、満足のいく素晴らしいものに生まれ変わることができる。
これは、例えば『クリスマス・キャロル』のように、『自分が相当ひどい人間だとわかったら、一晩で自分を変えて変身できる』というメッセージとは全く違う。
また、『素晴らしき哉、人生』のように、自分の人生なんて大したことないと思っていても、実はずっと素晴らしいことをしていたんだよ、というメッセージとも違う。
それらは正しいのかもしれないが、実際はそうではない。
この作品では人生に対して受け身ではダメだと訴えるところが好きだ。
簡単ではないけれど、殻に閉じこもる必要はないのだ。
オリバー・ハーマナス監督と一緒に作った『生きる』から、新しい世代の映画ファンに受け取ってもらいたいのは、そういうことなのだ。」
10.仁義
ジャン=ピエール・メルヴィル監督
「これは異論があるかもしれないが、私は戦後のフランスの風俗映画の方が、フランスのヌーヴェルヴァーグの映画よりもずっと豊かでリアルだと思う。
ギャング映画やスリラーにおいて、フランス映画はドイツ占領下で起こったあらゆる悪事と向き合っている。
フランスが戦争から解放されると、ヌーヴェルヴァーグは、歴史やフランス社会に残る戦争の痕跡に一切言及しない映画を作り始める。
しかし、それこそがスリラーなのだ。
犯罪の裏社会で活動する高潔な男たちや、裏切り者で悪徳な政治家や警察といった非常に腐敗した階級を描いている。
これらの映画は、同志をどれだけ信じられるかということを描いている。
メルヴィル監督は真の芸術家であり、『ル・セルクル・ルージュ』はその中でも私のお気に入りである。」
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ざっとここまで10作を見てきましたが、これはそのままカズオ・イシグロの創作の原点であったり、影響を与えた作品群ともいえる気がします。
たとえば、『老兵は死なず』が『日の名残り』の執筆のきっかけとなったといった記述は、とても興味深い。
初めて知りました。
また10本中、二作も日本映画から選出しているのもうれしい。
もちろん自身の出自もあってのことだと思いますが、小津作品や黒澤映画は、言われてみればイシグロの描く物語に影響を与えている気もします。
『日の名残り』ひとつとっても、主人公の執事と雇用主の伯爵との関係性には、イシグロ作品らしい細かい機微を感じさせます。
ドライでさっぱり、ではなく、思い悩むウェットな関係性みたいなところ。
この辺りは小津作品から学んだ描き方なのかもしれません。
などといろいろ想像してしまう。これも楽しいですね。
『生きる』の3月公開まで少し時間があるので、それまでに上記の映画をひとつひとつ観てみると、より深いイシグロの理解につながる気がします。
※アイキャッチ画像は Town & Country から
https://www.townandcountrymag.com/society/a35766337/kazuo-ishiguro-home-studio-tour/