「共感は弱さではなく、力である。」

ニュージーランド前首相、ジャシンダ・アーダーンはそう断言します。
Adam Grantのポッドキャスト ReThinking に登場した彼女は、自身のリーダーシップ哲学、自己疑念との付き合い方、そしてコロナ禍での意思決定を赤裸々に語りました。

彼女についてはこちらの記事でも紹介しました。
共感や優しさこそ、強さであるというその政治家としてのスタンスから多くを学べます。

 

涙のある政治──ジャシンダ・アーダーンが教えてくれたこと

If you feel things deeply and you have experiences that are riddled with crisis and with grief, then you are going to pay a price, but a one that you’re willing to pay.
(深く感じ、悲しみにも触れるなら、代償を払うことになる。しかし、それは進んで払うべき代償だ。)

ReThinking with Adam Grant 
Jacinda Ardern on leading with empathy and overcoming self-doubt – July 1, 2025

その一言は、力を持つ者が避けがちな「代償」の意味を静かに問い直します。

それは権力を守るための犠牲ではなく、人の痛みに寄り添うために選ぶ代償といってもよいかもしれません。彼女のリーダー像の核心なのだと思いました。
 

1. 優しさという戦略

しばしばアーダーンは「優しさ」を政治に持ち込んだと評されます。
それは感情に溺れるための口実ではなく、冷静に相手を理解しようとする視線であると。

Optimism is not naivety. It is a deliberate choice.
(楽観は幼稚さではない。それは意識的な選択だ。)

この言葉に触れると、強さという概念の輪郭が変わります。
声高に攻撃するよりも、対話の場を守り続ける方が、時にはるかに強靭です。優しさは、静かな決意に裏打ちされた“もうひとつの戦略”となります。

 

2. 自己疑念と成長の力

彼女は自身を「リーダータイプではなかった」と認めます。
首相就任当初、常に「自分で良いのか」という疑念が付きまとったと。
しかし、その疑念こそが周到な準備を生み、周囲の知見を柔軟に取り入れる理由となったといいます。

番組ではアダム・グラントは、心理学の知見を交えてこう補足しています。
「インポスター感情は、高い成果を出す人にこそ多い。それが謙虚さと学びを促す。」
不安や疑念を否定せず、それを「燃料」に変える姿勢──そこに、強さの源泉がある、ということです。

 

 

3. “自信ある謙虚さ”という姿勢

パンデミックの最中、アーダーンは国民に対して率直に語りかけました。

We don’t have all the answers, but this is everything we have, and this is our plan in an imperfect decision-making environment.  
(完璧な答えはない。でも、今の最善は共有できる。)

すべてを知っているふりはしない。その代わりに、判断の根拠と限界を誠実に伝える。
アダム・グラントはこの姿勢を 「Confident Humility(自信ある謙虚さ)」 と呼んでいます。

不確実性を隠さずに語ることが、むしろ人々の信頼を育てるのだと分析しています。
 

 

4. 退任という選択

2023年、アーダーンは首相の座を静かに降りました。

燃え尽きる前に身を引くという判断は、権力者としてではなく、一人の責任ある人間としての姿勢を示したともいえます。

リーダーシップとは、地位に固執することではなく、必要なときに潔く席を譲ることでもある。これはなかなかできることではありません。
 

 

5. 楽観は勇気である

Optimism is true moral courage

(楽観は真の道徳的勇気である)

シャクルトンの言葉を引用し、彼女は希望を選ぶことの重さを語った。
それは気休めの明るさではなく、困難を見据えたうえで前進を誓う静かな決意だ。

 

6. まとめ

アーダーンの姿勢は、不確実な世界におけるべきリーダー像にいくつもの示唆を投げかける。

  • 共感は弱さではなく、持続力の源泉であること。

  • 自己疑念を否定せず、それを準備と学習に変えること。

  • 透明性は信頼の基盤となり、不確実性を共有することが勇気であること。

  • 余力を残し、バトンを渡すこともリーダーの責務であること。

今回のポッドキャストを聞いていても、やっぱりアーダーンのトーンは静かなのですが、自信を感じさせるものでした。
でもその静けさの奥には、誰かのために自分を削る覚悟がある。
そんな印象を受けます。
彼女の語る「優しさ」とは、まるで磨かれた鋼のように、光沢を帯びた強さなのだと思います。
わたしたちは、優しさという覚悟を持っているか?
リーダーが自問しないといけない問いです。■

参考リンク: