──今週のロサンゼルスと、1933年のドイツをめぐって

 

いま目の前で起きていることへの既視感

今週、ロサンゼルスで抗議と暴徒化が報じられました。
発端は、連邦政府による移民方針の強硬な執行—ICE(移民・関税執行局)の大規模摘発—への反発でした。抗議の一部が暴力的衝突へと発展し、現地では「公共の秩序」を守るためとして、州兵や海兵隊が市長や知事の同意なしに配置される事態となっています。

ニュース映像には、盾を構える兵士と向かい合う市民、防護服の装甲車、空に舞う催涙ガス。
安易に比較することはしたくないのですが、どうしても1933年のドイツ・バイエルン州で起きた出来事を思い出さずにはいられませんでした。

当時もまた、「秩序回復」を名目に、ヒトラー政権は中央による地方への介入を正当化し、自治と自由を侵食していきました。

 

危機は「つくられる」ことがある

1933年2月27日、ドイツの国会議事堂(ライヒスターク)が放火されました。
ヒトラーはこれを「共産主義の陰謀」として扇動し、「非常事態」を宣言。
以後、言論・表現の自由は停止され、中央政府は地方自治への介入権限を一気に強化することになります。
「公共の秩序を回復する」という名目下で、民主的制度は音もなく崩れ始めました。

 

バイエルン州、最後の抵抗の物語 

多くの州がヒトラー政権に従い、あるいは黙認の姿勢をとるなか、南ドイツのバイエルン州では、ただ一つ、中央政府の介入に明確に異を唱える声が上がっていました。
州首相ヘルトは、「われわれは自らの力で秩序を保てる」と宣言し、ナチス突撃隊の進入を拒否。30,000人規模の民兵組織を背景に、自治を守ろうとします。
しかしヒトラーは、あえて混乱した状況をつくり出し、これを名目に州政府を排除。ヘルトは国外へ逃れ、バイエルンはナチスの任命した総督によって支配されることになったのです。

 

現代のアメリカでも、構造は似通っているのか 

今回のロサンゼルス暴動には、背景としてカリフォルニア州が「聖域都市」として移民保護に積極的だったことがあります。
州知事のニューサム氏はトランプ政権とたびたび法廷闘争を繰り広げており、不法移民対策では中央と州との緊張が高まっていました 。

実際に今回、連邦政府はカリフォルニア州の同意なしに州兵や海兵隊を派遣しました。
「秩序を守る」という名目での軍展開は、地方自治の原則に反するとして、州知事や市長らが強く反発しています。
構造的には、1933年のドイツでヒトラーが示した手法と冷ややかな類似性を感じずにはいられません。

 

画像
ニューサム・カリフォルニア州知事によるXへの投稿 

 

「秩序」がもたらす個人への影響

日経の報道によれば、ニューヨークの移民系の高校生が、突然滞在資格を取り消され、その場で拘束されたといいます。
家族の生活を支えながら勉強を続けていた青年の夢が、たった一枚の判断で断ち切られてしまった。
「秩序の名のもと」に何かが失われていく歴史の記憶が、静かに重なります。

 

「秩序」は、誰のためのものなのか 

秩序は、組織にも社会にも必要なものです。
しかしその「秩序」の定義が曖昧であるとき、それは容易に自由や自治を犠牲にします。
1933年当時と今週のロサンゼルスの状況はもちろん異なります。ただ一方で共通しているのは、「秩序を戻す」という言葉が、誰かの声をかき消す力になりうるということです。

 

問いを止めない

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p id=”951961F1-96AA-490B-AE4E-9A3D2D2ABE49″>「秩序」は誰のために、何を守るためにあるのでしょうか。
私たちは、それをただ受け入れるのではなく、ときに立ち止まって考える必要があります。

過去に何があったのか。
いま、何が起きているのか。
そして、これから何を許してしまうのか。

対岸の火事と傍観せず、この問いを持ち続けることが、私たちの自由と自治を守るための、ささやかだけれど確かな一歩なのだと思います。◾️

参考・引用記事一覧
・The Atlantic “Hitler Used a Bogus Crisis of ‘Public Order’ to Make Himself Dictator” by Timothy W. Ryback, June 10, 2025
・NHKニュース 「【動画解説】抗議デモ 一部が暴徒化 ロサンゼルスでなぜ?」(2025年6月11日)  
・日本経済新聞 Deep Insight 「なし崩し移民でいいのか 米教訓に『外国人1割社会』へ備えを」 西村博之、2025年6月13日