Suicaのペンギンは、名前もないし、しゃべりもしないキャラクターです。

でも、この小さなペンギンは、気づけば私たちの日常に当たり前のように存在しています。

改札を通るとき、東京駅のグッズショップ、あるいはお弁当やポスターの中で。

この不思議な“無口な人気者”は、どのようにして生まれ、育てられてきたのでしょうか?
絵本作家・坂崎千春さんの創作観や、企業とクリエイターの関係性、キャラクターデザインの美学に注目しながら、その秘密をひもといてみたいと思います。

「名もなきキャラクター」に宿る余白

Suicaのペンギンには、名前がありません。
それは「一人ひとりのSuicaの分身だから」といいます。
誰かが「J太郎」と名づけてしまえば、その瞬間にそのペンギンは“誰かのもの”になってしまう。性別も性格も固定されてしまいます。
坂崎さんは、「ジャンルとしてのペンギン」という考え方を打ち出しました。
名前を持たず、見る人によって、子どもにも、おじいさんにも、女性にも見える――。この余白が、共感や想像の余地を与えているんですね。

「正面顔」だからこそ、覚えてもらえる 

Suicaのペンギンといえば、真正面を向いたあの顔。
この“正面顔”には、実は「ロゴとして機能させる」という意図が込められているそう。
ポスターでもグッズでも駅の看板でも、いつも同じ角度で「そこにいる」。

動かず、語らず、でも確かに存在を放っている。この強さは、キャラクターが「企業の顔」として使われていく上で大きな力になります。

「線のゆらぎ」が、見る人の心をほどく

坂崎さんの作品には、いつもどこか“ゆらぎ”がありますよね。
完全な直線やベクターで描くのではなく、手描きならではの線の揺れ。
この“ゆらぎ”が、「ああ、人が描いたんだな」と思わせてくれます。
本人も「きれいに整えることもできるけれど、私は手跡が好きなんです」と語っています。
このゆらぎのある線が、Suicaのペンギンに「温度」と「体温」を宿しているように感じます。

「色の制限」は、むしろ自由をくれた

グッズ展開が始まった当初、使用できる色は「黒・白・緑」の3色のみ。
これはSuicaのブランドカラーとの統一を意識した、非常にストイックなルールでした。
でも、この制約があったからこそ、チーム全体に「これはやってはいけない」という共通意識が生まれたといいます。
のちに色や形の展開が広がっても、「Suicaのペンギンらしさ」は守られたまま、多様に展開していけたのです。

「愛されるキャラクター」の鍵は、関係性にある

Suicaのペンギンがここまで大きな存在になれたのは、JR東日本というクライアントとの関係性のよさも大きかったと語られています。
「今回はどんなペンギンが登場するんですか?」と、毎回楽しみにしてくれる担当者がいた。
“ファンであるクライアント”という存在が、プロジェクト全体に温かさを生んでいたのです。
キャラクターを育てるには、制作者側だけでなく、「それを使ってくれる人たち」の愛情と信頼も必要なのだと、改めて感じさせられます。

「作家」と「デザイナー」のあいだに立つということ

坂崎千春さんは、自身を「アーティストというより、デザインの出身」と表現しています。
「自分の表現」というより、「誰かのために描く」という意識が強い。
その柔らかさが、Suicaのペンギンの“企業キャラとアートのちょうど中間”のような立ち位置を生んだのではないかと思います。
制限を受け入れつつ、その中で「これは面白い」と感じた方向には試してみる。
このしなやかな創作姿勢は、多くのクリエイターにとってヒントになると思います。

おわりに 

愛されるキャラクターとは、押しつけないキャラクターなのかもしれません。
語らず、主張せず、それでいて誰かの暮らしの一部になっている。
Suicaのペンギンは、誰のものでもあり、誰のものでもない存在。
名前もない、声もない、それなのに、静かに“思い出”に寄り添ってくれるキャラクターなんだろうと思います。
創作術も含めて本当にステキだなと思いました。▪️