古代ギリシャから現代イギリスまで、様々な時代や場所の貴族の歴史を詳しく調査し、貴族階級がどのように形成され、彼らが社会的にどのような役割を果たし、なぜ多くの国で衰退していったのかを明らかにした一冊。
実例もふんだんに紹介されていて、「貴族」と呼ばれる人たち、階層がどんな存在だったのかを分かりやすく学ぶことができる。
さて、ChatGPTに聞いてみた。
Q:「貴族階級はなぜ没落したの?」
A:貴族階級がなぜ衰退したのかには、さまざまな要因が絡んでいます。以下に、一般的な要因をいくつか挙げます。
1.社会・政治の変化: 近代化や民主化の進展により、社会の価値観や政治体制が変化しました。貴族の特権や特殊な地位が問われるようになり、その存在意義が揺らぎました。
2.経済の変化: 工業革命や商業の拡大により、新興の富裕層が台頭しました。彼らは貴族に比べて経済的な力と社会的な地位を持ち、貴族の特権や優位性が相対的に減少しました。
3.社会の均衡と平等の追求: 近代社会では、個人の機会均等や社会の公正を追求する考え方が強まりました。貴族の特権や身分制度に対する批判や不満が高まり、貴族の権力が制約されることとなりました。
4.世界大戦や社会的な衝突: 第一次および第二次世界大戦などの戦争や社会的な衝突は、貴族階級の地位や特権に大きな影響を与えました。特に貴族の多くが軍事的な役割を果たしたため、その没落が加速される結果となりました。
5.これらの要因により、貴族階級の地位と影響力は相対的に減少し、多くの国で没落していったと言われています。ただし、一部の国や地域では、貴族の一部が一定の地位や影響力を保持している場合もあります。
いずれももっともだと思う。
ただ貴族が担ってきた社会的役割というのも確かに存在すると、この本は主張する。
それは徳を重んじて、「高貴なるものの責務(ノブレス・オブリージュ)」を全うすることだったのだと。
ヨーロッパでも日本でも、中世以来の政治、経済、社会、文化を主導してきたのは、貴族たちであったという。
この本を読むと、彼らは各種の特権を得てもいたが、一方でいざというときは、命を捨てて領民、国民、国の形を守ってきたことが分かる。
貴族階級が没落した今、この徳を重んじて、高貴な責務を担う者はもういないのだろうか。
本書の最後に「ひとりひとりが「貴族」となる時代へ」という副見出しがあった。
抜き書きする。
P. 271
・・・社会は大きく変化し、二〇世紀にはいると貴族政治の時代から大衆民主政治の時代へ移り変わった。
しかしそれは「徳」を重んじる精神が不要になったことを意味するわけではない。広く世界を見てきた新渡戸(稲造)團(琢磨)がいみじくも一世紀前に論じたことは、階級なき世界こそ「徳」の重要性が増すということを直感したかのごとくである。
いまや貴族が社会全体を支配する時代ではない。しかし今度は、表面的な爵位や称号に関わりなく、ひとりひとりの人間が「徳」を重んじ、精神的な「貴族」となって共同体や国家、そして地球全体を支えていく時代にはいっているのではないか。
現代は、このように道徳を説くことが、最も無意味で愚かなおこないだと疎まれ、冷笑される時代である。しかし、古代を含めていつの時代においても、そのような事情に大差はなかったことであろう。それでも、本書でみてきたように、つねに「徳」の大切さを説き続けた先人たちがいた。
古代から現代にいたる貴族たちの歴史は、そのことの重要性を私たちに教えてくれているように思えてならない。
この精神的な貴族こそ、我々がこれからの社会を作っていく上で目指すべき姿なのだろう。
自らの高貴なるものの責務、「ノブレス・オブリージュ」は何か?
日々吟味する必要がある。