言葉は剣よりも強いってまだ言えるかどうか。
「思想」は静かに、本棚から消されていく現代。
米海軍兵学校で起きた“講演中止事件”と“禁書騒動”は、アメリカの自由主義の危機を映し出す鏡となりました。
それは単なる言論の封殺ではなく、「叡智を求めること」そのものが疑われる時代の到来を告げる警鐘といえるのかもしれません。
ライアン・ホリデイ氏はその最前線で、沈黙を拒み、ストア哲学の言葉を世界へ届けてくれました。
今回は彼のスピーチの本質と、その背後にあるストア派の精神を紐解いていきます。
最も力を持つアイデアは、しばしば封じられる
——禁止された本と、時代を超えて残る叡智の話
2024年、米国の名門・海軍兵学校(U.S. Naval Academy)で予定されていた講演が、開始20分前に中止されました。
登壇予定だったのは、アメリカのベストセラー著述家・哲学作家のライアン・ホリデイ(Ryan Holiday)。
テーマは「叡智を求める道」。
少し前に現政権の命令により、海軍学校ではDEIに関する書籍の撤去が行われました。
そんなことでよいのか、と疑問を投げかける内容のスピーチをしようとしていたところ、学校側からNGが出たということのようです。
この辺の海軍士官学校における焚書騒動はこちらの記事が分かりやすいです。
下記に要点を整理します。
要点整理|米海軍兵学校の「DEI本」撤去問題
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米海軍兵学校(アナポリス)が、多様性・公平性・包括性(DEI)を推進する約400冊の書籍を図書館から撤去。
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指示を出したのは国防長官ピート・ヘグセスの事務所。背景にはトランプ政権による連邦機関からのDEI排除方針がある。
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書籍撤去は、報道で海軍にDEI本の存在が指摘された直後に実施。ヘグセス長官の訪問に合わせて急ぎ対応されたが、訪問とは「無関係」との説明。
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関係者の中でもDEIの基準や適用方法を巡り混乱が生じている。
いずれにしてもトランプ王配下の高官が、どれだけ自分が過激に主を信奉しているかを示そうとそれぞれが躍起になっている中で起きた「事故」といった印象。
陸軍、空軍には書籍撤去の指示はまだ出ていないそうです。。 現場は大いに混乱している様子。
しかし、ベスト&ブライテストを教える世界屈指の士官学校でもこんなことが起きるのだから、普段我々が思っている「当たり前」なんていうものが、いかに簡単に変わってしまうかを思い知らされます。
さて、今回のライアン・ホリデイに話を戻します。
彼についてはこれまでも触れていて、ポッドキャストもおもしろいのでよく聞いています。
NY Times No. 1 ベストセラー作家でもあるので、文章だけでなく、一人語りのしゃべりも巧み。
学者でもないのに、ストアは哲学分野ではすっかり第一人者みたいなポジションにいて、Instagram のフォロワーだけでも93万人もいる!
両腕にタトゥーを入れるほどのストア派哲学の信奉者。
彫られているのは、
The Obstacle is the way.
Ego is the Enemy.

(それにしても、登壇20分前にキャンセルするなんて学校側もどんなつもりだったのだろう。あえて呼び出しておいてからキャンセルすることで、見せしめにしたかったのか。ぎりぎりまで判断がつかなかったけど、最後のところでやっぱり現政権が怖かったのか。。)
真相は不明ですが大事なのはホリデイは沈黙を選ばなかったということ。
自分のスタジオから、予定していた講演内容をそのまま世界へ発信してくれました。
おかげでどんなスピーチをしようとしていたのかが分かったので一ファンとしてはとてもうれしいです。
「哲学は快適さではなく、挑戦だ」──その精神を体現する行動だと思います。
一方でこれで政府当局に目を付けられたりしないといいけど、、など余計な心配をしてしまいます。
でもストイックに生きる、自らが信ずるとおりに生きる、とはきっとこういうこと。
ライアン・ホリデイが語ってくれたそのスピーチを紐解いていきます。
「最良の人間であれ」——ストックデールが学んだ徳の意味
ライアン・ホリデイの語りは、1943年に海軍兵学校へ入校した若きジェームズ・ストックデールから始まります。
この人は米国海軍の軍人。最終階級は海軍中将。
ベトナム戦争に従軍し、戦争捕虜として8年間を過ごすという壮絶な経験をしています。
ちなみに、ミサイル駆逐艦「ストックデール」は、このジェームズ・ストックデールの名に由来するそう。

さてそのストックデール、出発前、父が彼に残した言葉がこれです。
「その講堂で、最も優れた人間になれ」
でもこれは成績の一番を取れという意味ではありませんでした。実際、ストックデールは130番台の成績で卒業しています。
父が語った“最良の人間”とは、ストア派の徳──勇気、節制、正義、そして知恵を備えた人物であることを意味していました。
知恵は「もらうもの」ではない。苦しみの中で得るものだ。
約20年の軍歴を経たストックデールは、スタンフォード大学に派遣されます。
最初は退屈な講義の連続。しかしある日、哲学者フィリップ・ラインランダーとの出会いが、彼の運命を変えます。
師ラインランダーは小さな本を彼に渡します——
『エピクテトス語録』でした。
この一冊は、後のストックデールを形作る「指針」となりました。
学び続ける姿勢こそ、真の強さ
ローマ皇帝マルクス・アウレリウスは、哲学者セクストゥスのもとを訪れこう言いました。
「私はまだ知らぬことを学びに行く。」
これは学生ではなく、当時の世界でもっとも権力を持っていた人物の言葉だからすごいです。
皇帝が自ら宮外の哲学者に会いに行くなんていうのは普通では考えられません。
「地位がいかに高くとも、学びをやめることはない」という生き様は現代にも響きます。
皇帝マルクスにとっての師はルスティクス。ストックデールにとってはラインランダー。
どちらも、耳に優しい言葉ではなく、厳しさと真理を与えてくれる存在だったということです。
読書は「反逆」の技法である
ライアン・ホリデイは語ります——読書とは趣味ではなく、知性の武装だと。
読書は過去と対話し、文明の奥深くに触れ、未来への備えを可能にする手段だと。
何千年、何百年も前の人間と対話をする唯一の行為を可能にするのが、読書だというんですね。
元アメリカ国防長官ジェームズ・マティスもこう言っています:
「数百冊の本を読んでいない者は、実質的に“非識字”状態だ。」
つまり文字が読めないと同じだよ、と言っています。
信じたいことだけを確認する読書は、ただの睡眠でしかない、とライアン・ホリデイは警鐘を鳴らします。
「敵の陣営で読む」覚悟を持て
海軍兵学校で禁書とされた本の多くは、文学やアート、学術書のようです。
危険思想ではありません。にもかかわらず、図書館から排除されてしまいました。
かつてストックデールは、マルクス主義の原典を読む授業を自ら選択しました。
それは賛同のためではなく、「敵を理解する」ため。
その後、彼がベトナム戦争で捕虜となったとき、その知識が彼の盾となったそうです。
「理解せずに敵に勝つことはできない」
ライアン・ホリデイはこう語ります。
今こそ、危険な読書をせよ。批判的に読め。自分の枠を超えて読め。
知恵が「預金」なら、今すぐ積み立てを始めよ
戦闘機からパラシュートで脱出し、北ベトナムに囚われる瞬間、ストックデールはこうつぶやいたのだとか。
「私はテクノロジーの世界を離れ、エピクテトスの世界へ入る」
哲学は、おしゃれなパーティーで語る教養でも、SNSで披露する流行でもありません。
圧倒的な困難の中で、人として「踏みとどまる力」そのもの。
ライアン・ホリデイが沈黙しなかった理由
講演の中止を受けて、ライアン・ホリデイは舞台には立てませんでした。
しかし、それは逃避ではなく、哲学に基づいた「行動する沈黙」だとしています。
「知恵について語るならば、その数百メートル先で行われている検閲にも触れなければならなかった」
これは単なる“本”の話ではなく、“思考そのもの”が禁止されていく未来への警鐘と言えるのかもしれません。
私たちは、盲目的に突撃する者ではなく、「間違いを正せる人間」でなければならない、ライアン・ホリデイは警告しています。
あなたに問う:「その時」に備えているか?
軍人であろうと、一般市民であろうと、若くても年を取っていても、叡智を追い求める責任はあなたにある。
ストックデールが言ったように:
「その瞬間になってから準備を始めるのでは遅い」
誰であれ、その時は必ず来ます。
そしてあなたが積み重ねてきたものだけが、あなたを支える。
今こそ、読書せよ。
今こそ、思考せよ。
今こそ、危険であれ。
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響くメッセージです。
全編をYoutubeでも公開しています。
ぜひご覧になってください。■
P. S. ちなみに撤去されてしまった本のリストは海軍が公開していました。
https://www.navy.mil/Press-Office/Press-Releases/display-pressreleases/Article/4146516/list-of-books-removed-from-usna-library/