ニューヨークタイムズの記事に今回のブッカー賞の選考委員サラ・ジェシカ・パーカーさんが、 審査員を務めてみての一年を振り返るインタビューが掲載されていました。
By Alex Marshall Visuals by OK McCausland
Alex Marshall spoke to SJ, as he learned to call her, four times during her Booker year.
Published Nov. 11, 2025 Updated Nov. 12, 2025, 3:31 p.m. ET
https://www.nytimes.com/2025/11/11/books/sarah-jessica-parker-booker-prize.html?smid=url-share
大女優でありながら、ひとりの「熱心な読書家」として語られる経験がすごく人間らしくて、読書の喜びと苦悩を同時に思い出させてくれるいい記事でした。
彼女の言葉から見えてくる「ブッカー賞作品を読む」という旅を、note向けにまとめてみたいと思います。
最初の箱が届いた日:まるで「文学の宝箱」
クリスマス休暇でアイルランドに滞在していた パーカーさんの元に、ブッカー賞財団から「最初の16冊」が届いたそうです。
「読書好きの私からすれば、宝くじに当たったような気持ちでした。」
その中には、後に受賞する『Flesh』も入っていたそう。
箱を開けたときの高揚感を今でも覚えているそうです。家族が出かけて戻ってきても、彼女はただ読み続けたといいます。「ブッカー賞審査員」の一年が静かに始まった瞬間でした。
生活の中心が「本」になった一年
パーカーさんの家族は、すぐにその変化を察したそうです。
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夜の映画はもう彼女の意向は聞かれない
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演劇やミュージカルに誘われることもなくなる
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外出時には本のカバーを外し、タイトルを悟られないように気を配る
完全に「本を読むための生活」に突入したんですね。
審査員としての慎重さと、読書家としての真剣さがにじみます。
読書習慣まで自然と変化していったといいます。
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指でページをなぞりながら読む「速読の癖」がついた
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普段の音楽は封印し、チベット・ケニア・キューバなどの音楽が読書の背景に(いつも聴いている音楽だと歌いたくなるから 笑)
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読書の孤独を、深く実感するようになる
この「孤独」の描写は、読書を愛する人なら誰でも共感するところだと思います。
判断基準が揺らぎ、読書観が鍛えられる
ブッカー賞審査では、読んだ本に「信号」をつける必要があります。
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赤:次に進めたくない
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黄:議論に値する
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緑:すぐ候補リストに入れるべき
パーカーさんは、最初の評点提出のとき「恐怖」で震えたといいます。
「自分が何を基準に“緑”とするのか、ずっと考え続けました」
読書観が揺さぶられ、仲間の選考委員の文学批評家や 作家たちとの議論のなかで、自分の読み方が磨かれていったといいます。
読書が「対話」によって深まる、ということですね。
一人に閉じない読書、というのは幸せな経験かもしれません。
途中でやめることの苦しさ
パーカーさんは「読みかけで放置」がとても苦手だそうです。
しかし、153冊となると、時には110ページを過ぎてもストーリーが「立ち上がらない」作品もあります。
「でも、結局すべて読みました。議論で他の審査員が熱く語ったら、読んでいなかったら怖いですから」
さすがは読書家で知られる人。実際に出版社でレーベルの編集もまかされているだそう。この誠実さが「読者の立場」を大切にする パーカーさんらしい。
ロングリスト選定=「地獄の長い一日」
(ロングリスト:一定の基準に基づき候補となるものを幅広くリストアップした、最初の段階のリスト)
153冊から13冊を選ぶ。
これは想像以上に過酷だと思います。
ロンドンの Fortnum & Mason に集まった審査員たちは、午前10時半から夕方5時まで議論を続けたのだとか。
「最後の2冊が決まらない。
誰かがトイレに行って戻ってきたら“考えが変わった”と言う。
心が折れそうでした。」
こういうことが起きるんですね。選考委員もまた人間なんだなと感じます。
再読という贅沢に気づく
普段は再読をしないという パーカーさん。
しかし、ショートリスト選定のためにもう一度読み返すと、本がまた別の顔を見せてきたそう。
「まるで暗い部屋から外に出たような、全く違う体験でした。」
初読では気づけなかった構造やリズム、言葉の選び方。
再読の喜びがこんなにも豊かだということを知ったといいます。
読書の奥深さはこの辺にありそう。
最終審議:5時間の議論の果てに現れた「勝者」
最終審議も5時間以上。
まずはそれぞれの作品の「良いところだけ」を語り合うところから始まり、ネガティブは禁止。これは、作品に対する敬意の表れ。
そして、ついに審査委員長の Roddy Doyle が言います。
“We have a winner.”
その瞬間まで結果は誰にも読めなかったそうです。
選ばれたのは David Szalay の『Flesh』。
こちらに書いた通り。
「最後の6冊の中から、この一冊を選べたことに誇りを感じました。」
「指でページをなぞる癖」だけが残ったまま
すべて終わったあとも、パーカーさんの読書は続きます。
ある日、家族と電車に乗っていると、夫と娘が顔を見合わせていたそうです。
「あ、また“指でなぞって速読”してる……。
もうそんな風に読まなくていいんですけどね。」
読書に追われた一年が終わっても、その一年が身体に残っている、ということなんだと思います。
パーカーさんの言葉から、読書の豊かさを再発見する
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読書は孤独、でもその孤独は尊い
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「読むリズム」は、人生の状況・環境・心の状態によって変わる
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再読は作品を新しい光で照らす
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議論や対話は読書を深くする
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読む基準は揺らいでいい。揺らぐからこそ育つ
彼女の一年は、
「本が人をどう変えるか」
「読むことがどれほど人生を豊かにするか」
を教えてくれます。
読書を愛する人なら、きっとこの物語に自分自身の姿を重ねてしまうのではないでしょうか。■
Sources(参考文献)
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Alex Marshall, “Sarah Jessica Parker Describes Her Year as a Booker Prize Judge,” The New York Times, Nov. 2025.
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The Booker Prize Instagram.
https://www.instagram.com/reel/DQ7bq9fArRc/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==