「スリラー小説を書くのに必要なのは、たった2つのことだ。ただ、残念ながら誰もそれらが何かを知らない」 

こんなジョークとともに、David Perell のポッドキャスト How I Write でのインタビューで、理屈よりも 身体感覚のような“手触り” を、淡々と話してくれています。

今日はそんな稀代のベストセラー作家、Lee Child (リー・チャイルド)の創作術に迫りたいと思います!

 

目次
Lee Childとは?
まず彼は「英国の狭さ」から逃げた 
物語は「温度」から始まる 
アウトラインを作らない。
影響を受けたのは「ギリギリ信じられる英雄」と「何も起きなくても読める1ページ」
シリーズは「旧友に会う」装置
執筆は9月1日に始める。想像力は「呼び出せる」
コーヒーとタバコの「甘いスポット」
書いているとき考えているのは「次に何が起こるか」だけ
「途中から始めよ」——in medias res
大改稿はしない。「逐次、微調整する」
24冊を書いて、弟にバトンを渡した理由
最後に:もしライティングのクラスを教えるなら

 


Lee Childとは?

イギリス出身の作家で、アメリカを舞台にしたジャック・リーチャー シリーズの生みの親。
TV業界での突然の解雇をきっかけに執筆を始め、現在までに24冊以上を出版。世界中で愛される孤高のヒーローを創り出しました。
9秒に1冊売れているという驚異のペースで、合計2億冊以上を売り上げた大ベストセラー作家です。
ハリー・ポッター シリーズより売れてるそうです。驚異的。

 

まず彼は「英国の狭さ」から逃げた 

Lee Childが作家を始めたきっかけは、TV業界での解雇でした。しかも本人いわく、業界の構造変化(政治的な動き)も絡んでいて、気分は最悪だったと振り返ってます。

だから「逃げたかった」。
物理的に逃げられないなら、せめて頭の中で——物語の中で。

ここで重要なのは、彼が執筆を「神の啓示」ではなく 仕事として語っている点です。

「食べていく必要があった」。

創作はロマンだけじゃない。商業性や戦略も含む、と言っています。
じゃあ何を書くか、として考えたのが、犯罪小説。
ただ、当時の自分の心が求めていたのはイギリスの王道とされたジャンルとは別の方向だったそう。

英国の犯罪小説は内向き、心理的で、地理が小さい。

北ロンドンの数本の通り、エディンバラの数平方マイルも、濃密で優れた世界観だけれど、自分がやりたかったのは、もっと神話的な“放浪者”の物語だったといいます。

謎めいたよそ者が、どこからともなく現れ、孤立した共同体の中で事件に触れる。
それを成立させるには「巨大な地理」がいる。
だから自分にはアメリカが必要だったんだと。

そして彼には、アメリカを“知らない場所”として書いたのではなく、長年の訪問(移住手続きの書類で数えたら100回)という蓄積があった。(奥様はニューヨーク出身とのこと)

ただし、そこに「外部者の目」を残す。
地元の人間ではない分、描写などもしかしたら細部を外すリスクもある。
でもそれ以上に、見慣れたものを新鮮に見られる利点を取る。
これが Lee Child の選択でした。

 

物語は「温度」から始まる 

場所を生々しくする方法を問われたとき、Lee は迷わず言います。

“For me, it’s mostly temperature.”
(自分にとっては、ほとんど温度だ)

音でも光でも色でもなく、まず 温度。
そして「硬い/柔らかい」「熱い/冷たい」といった触感。
彼の比喩が良いんですよね。
作曲家なら「キー(調)」から入ると。
Gメジャーは明るい、E♭マイナーは沈む。作家もそれに近い。

「硬くて冷たい」なら——メイン州の4月、灰色、冷たい霧。
「焼けるように熱く乾いた」なら——テキサス西部の乾燥地帯。

面白いのは、ここから先です。

“the place and the temperature dictate the story.”
(場所と温度が、物語を規定する)

場所が“舞台”になるだけじゃない。
その舞台に置かれた瞬間、「起こりやすい行動」と「起こりにくい行動」が決まる。

屋内中心か、屋外の放浪か。
この環境なら、必然的にこうなる/これは不自然だ——という 物語の物理法則が先に立つ。

さらに彼は言います。
その本のための特別なリサーチはしない。
毎回、過去の訪問で形成された印象から引き出す。
アウトサイダーの“鮮度”を守るためでもあるのだそう。

 

アウトラインを作らない。

Lee Childは自分を “absolutely not a planner” と呼びます。
計画された創作は一切しない、と。
プロットのストックも、インデックスカードもない。

なぜ計画を練らないのか。

“If I plan the story… I’ve told myself the story, and I’m bored with it.”
(計画した時点で、自分に物語を語ってしまって、飽きる)

飽きるから。
村上春樹も同様のことを以前言ってました。
作者が最初の読者でもあるわけで、筋書きが分かってたら書くおもしろみがないのだそう。

物語の問題は「文章」ではなく「次の一手」。
だから彼は、自分が読者であり続ける必要がある、ということのようです。

どこか(温度で定義された場所)から始めて、あとは“何が起きるか”を見る。

 

影響を受けたのは「ギリギリ信じられる英雄」と「何も起きなくても読める1ページ」

彼が子どもの頃に読み尽くした作家として挙げるのが、Alistair Maclean。
学びは2つ。

1つ目は、英雄が“ほとんど漫画的”なのに、決して滑稽の一線を越えないこと。
つまり 「ギリギリ信じられる」 の設計。

2つ目は、反面教師。
Macleanは途中で質が落ちた。怠惰になり酔っていた。だから「自分はそうならない」と決めた。

そしてもう一人が、John D. McDonald(Travis McGeeシリーズ)。

彼の称賛が面白い。
21冊中、1冊だけが「1ページ目で何かが起きる」。

でも残り20冊は特に何も起きない。

でもなぜか読み進めてしまう。

1ページ目は、ただの会話。夜釣りのボートで雑談しているだけ。
それなのに読めてしまう。彼自身、「説明できない」と言います。
彼が効果的な会話文に惹かれているのは、「会話が情報を運ぶ瞬間」ではなく、会話が“関係性”を運ぶ瞬間、といいます。

事件は起きていなくても、人と人の間にはすでに何かが流れている。
読者はプロットではなく、その空気を追ってページをめくっている。

良い会話文は、物語を前に進めなくても、読者の注意を前に進める
Lee Child が McDonald から学んだのは、まさにその感覚なんですね。

ここに、冒頭のジョーク(誰も2つのことを知らない)が繋がる感じがあります。
説明できない“引力”が確かに存在する、と。

 

シリーズは「旧友に会う」装置

シリーズにするか単発にするか、という話で彼が言うのは、読者の感覚に寄り添った言葉です。

“pre-approval”
(事前承認)

1作目を気に入った読者は、2作目以降を「もう好きだと分かっている」状態で開く。つまり、「この人の新作なら、もう好き」と、内容確認なしでも購入に入れる。
それと、新しいプロットを楽しみながら、馴染みの人物と数日過ごす“心地よさ”も得る。それがシリーズの良さだと。

だからシリーズは、読者にとって 安心と新鮮さの同時提供になる。こういう設計のようです。

一方で、Stephen Kingのように「次に何が出るか分からない作家」への敬意も語っています。
でも“分からなさ”は、購買理由が「作者への信頼」になる。シリーズとは別の賭け方だと思います。キングは名前がすでにブランドですしね。

 

執筆は9月1日に始める。想像力は「呼び出せる」

彼は毎年9月1日に書き始め、3〜4月に納品する。
年1冊を出すなら、書く側にも規律が必要だと淡々と言います。

興味深いのは、創作の枯渇についての告白です。
書き終えると、夏は「何もない」。毎年「もう終わった」と思う。
でも8月末になると、突然アイデアが戻る。1行目が頭に降りてくる。

“The imagination somehow is biddable.”
(想像力は、どういうわけか従順に呼び出せる)

“神秘”を認めつつ、生活の中で扱えるものとして語っているのがおもしろいですね。

コーヒーとタバコの「甘いスポット」

生活習慣の話になったとき、Lee Child は健康優等生的なルーティンを一蹴します。
それは自分の望む生き方じゃない、と。

代わりに彼が言うのは「エネルギー」の話です。
運動や瞑想や諸々にエネルギーを散らすより、座って、リラックスして、全部を本に注ぐ。

“physically relaxed but mentally alert”
(身体は緩んでいて、頭は冴えている)

コーヒー(刺激)とタバコ(弛緩)が、その中間点を作る——という説明は、賛否はさておき、彼の“体感の言語化”としては見事ですね。

 

書いているとき考えているのは「次に何が起こるか」だけ

執筆中に何を考えるかと聞かれて、彼はこう答えます。
• 読者は背後にいる
• でも中心は ストーリー
• そして常に “What happens next?”  
• あとは リズムとペース(静と動、上下)

本は音楽。作曲のように、静けさと騒音の配置を直感で決める。

 

「途中から始めよ」——in medias res

“It has to grab the reader. It has to make them want to read the next line.”
(読者を掴み、次の一文を読ませること)

物語論には、in medias res という有名なラテン語があります。
意味はシンプルで、「物事の途中から始めよ」。

Lee Child は、この古典的な原則を、ほとんど本能的に使っています。

人気シリーズ『ジャック・リーチャー』の第一作、『Killing Floor(キリング・フロア)』の冒頭の文章が、まさに物語っているとおり。

“I was arrested in Eno’s diner.”
(俺はイノーズ・ダイナーで逮捕された)

説明は一切ない。
でも読者の頭の中では、瞬時に問いが立ち上がる。

なぜ?
何が起きた?

それだけで次の行を読ませる。
説明ではなく、やっぱり、引力、ですよね。

in medias res とは、派手なアクションから始めることではなく、
読者の思考が動き始める地点から始めること だとされます。

彼は、説明の手前に読者を放り込み、そこから物語を動かしてるんですね。

 

大改稿はしない。「逐次、微調整する」

修正は、最後に一気にやらない。
書きながら直し、翌日に前日分を読み直して直す。

“constant tweaking”
(常時チューニング)

この細かいやり方の方が、完成度が“積み上がる”といいます。

24冊を書いて、弟にバトンを渡した理由

彼は自分の弟にこ今後のシリーズ創作を委ねました。
理由がシンプルで潔い。
• 24冊書いた
• もういい
• 弟Andrewは信頼できる
• Reacherを理解している
• 良い書き手に渡す

質が落ちることへの警戒(前述の作家 Maclean の反面教師)とも、きれいに繋がりますね。
有言実行の人。

 

最後に:もしライティングのクラスを教えるなら

おそらく自分には教えられない。

最後に司会者の David に、あなたがもし大学の創作科で教えるとしたら、何を伝えたい? と聞かれます。

作家のエージェントを探し方、商業出版への近道などは、たしかに教えられることもあるのだろうが、実際に書くことは教えられない。
それが彼の結論でした。

これまでの人生で、どれだけ本を読んできたか。
どんな経験を積んできたか。
この蓄積が勝負なんだ。

だから、作家業は人生の後半に入った人間の方が有利だと思っている。

やはり、よい小説を書くのに必要なたった2つのこと、は誰も知らないぽいです。笑。
結局それぞれで見つけていくということ。

皆さんもぜひポッドキャストで、Lee Child の生の声も聞いてみてください。◾️

 

参考:
Lee Child: How to write strikingly well 
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/how-i-write/id1700171470?i=1000748238425