HBSケースが示す「個人が企業になる時代」のキャリア戦略 ―

皆さんは、ティム・フェリスという人物をご存じでしょうか。

 

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https://tim.blog/

日本では『「週4時間」だけ働く。』や、『巨神のツール 俺の生存戦略』シリーズなどを書いた、著作家としてのイメージが強いかもしれません。

 

 

私が最初に彼を知ったのは、彼のポッドキャストプログラムからでした。

世界的には「自己成長領域の開拓者」「音声メディアのパイオニア」として知られています。

 

彼が配信する「The Tim Ferriss Show」は、これまでに 10億回以上の再生を記録し、しかも、それを わずか3名のチームで運営し、年間数億円規模の収益を生み出しています。

 

実は日本に住んでいた時期もあり、番組の中でも日本語を交える場面も多く、私たちにとっては意外と距離の近い存在でもあります。

そんな大成功を続けてきたティムが、2024年、成功の真っ只中で「歩みを止める」という決断を下しました。

 

なぜか。

 

この意思決定に注目し、ビジネススタディのケースにしたのが、ハーバード大学経営大学院です。
実際にケースを読んでみて、とても示唆がある決定だっんだと感じました。

紐解いていきたいと思います。

 

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https://tim.blog/2025/05/08/how-to-build-a-meaningful-life/

市場構造の変化を「先に」織り込む意思決定力

ティムのキャリアは、常に 青い海(Blue Ocean)に立つ という選択の連続でした。

  • 書籍 → 新しい自己成長メソッド

  • ポッドキャスト → 未成熟市場で開始

  • 投資 → Uber、Shopifyなど初期段階から参加

 

しかし2024年にもなると、主戦場にしていたポッドキャスト市場は様変わりしました。

  • YouTubeとの競争

  • 動画コンテンツ前提の制作負荷

  • 大手メディアの参入

  • 純粋な音声だけでは差別化が困難に

 

かつての青い海は 完全なレッドオーシャン に変わっていたのです。

ここで彼は、

「このままで勝てるか?」 ではなく、そもそも
「戦うべきか?」

を判断軸に置きます。

この視点こそ、ハーバード・ビジネス・スクールがケースにした最大の学びです。

多くの人は、成功している事業をやめる判断ができない。

理由は「続ける方が心理的に安全」だからです。

 

しかしティムは、成功そのものが自らの自由を奪い始めている兆候を見逃しませんでした。

 


成功とは、継続か、再設計か

ティムは著書でも語っています。

「成功は『何かを続ける力』として語られがちだが、
本質は『何をやめるかを選べる力』にある」

彼は、自分の番組が持つ役割は大切にしつつも、

「毎週の更新を義務として続けることが、本当に自分の人生に寄与しているのかな」

を静かに問い直した、といいます。

 

ここで登場するのが、ティム独自の意思決定フレームです。

もしこれが「簡単」だったら、どうする?
(What Might This Look If It Were Easy?)

この問いは、

どのように頑張れば維持できるか、ではなく 
「頑張らなくても」成り立つ「最適解」は何か

を探すものです。

競争を勝ち抜く戦略を考えるのではなく、競争を「必要としない構造」を設計する思考です。

 

もっと簡単にできるとしたら、どうすればよいんだろう?

 

この問いに向き合った結果、ティムは 一度番組を止める 選択をします。

そこから距離を置くことで、

  • 再開するか

  • 形式を変えるか

  • まったく別の事業を始めるか

をニュートラルに考える余白を得たといいます。

 


ポートフォリオとしてのキャリア経営

ティムがケースとして扱われる理由は、「個人がほぼ企業として意思決定を行っている」という点にあります。

彼の収益源は複数に分散されています。

  • 書籍(累計数百万部)

  • ポッドキャスト

  • スタートアップ投資

  • 教育・講演

  • 科学財団(収益はここにも)

 

つまりティムは、

一つの事業に縛られず、常にポートフォリオとして自身のキャリアを捉えている のですね。

 

よくいわれることですが、現代のキャリアは「一本足打法」ではリスクが高い。

これからは、個人が自分の事業を複数持ち、その中で最も価値を生む領域へ時間と資源を再配分する。

これはまさに、経営戦略の原理そのものです。

 


ケースが私たちに投げかける問い

ティムの意思決定から読み取れるメッセージは、意外にもシンプルです。

戦う場所を選ぶことも、能力の一部である

競争しないことは怠惰ではなく戦略。

成功をやめることは敗北ではなく再設計。

そして、人生とキャリアは「続けること」ではなく「選び直すこと」で形づくられる。

ティムのケースは、こうした静かな問いを私たちに残します。

今のあなたが続けていることは、
「勝てるから続けている」のか、
それとも
「やめることが怖いから続けている」のか。

そしてもうひとつ。

あなたが手放せば、何が自由になるのか。

ここに、ティムが示した「競争から降りる勇気」の本質があると感じました。■

 

◆ 参考元:
Satchu, Reza, and Denise Koller.
“Tim Ferriss: What Might This Look Like If It Were Easy?”
Harvard Business School Case 825-091, November 2024. (Revised March 2025).

Forman, Avery.
“Questioning Your Next Move? These 10 Lessons From Tim Ferriss Can Help.”
Harvard Business School Working Knowledge, December 9, 2025.

Ferriss, Tim.
The Tim Ferriss Show (Podcast).
2014–2024 Episodes.

Ferriss, Tim.
The 4-Hour Workweek.
Crown Publishing, 2007. 

<

p id=”93723418-4b2f-44dc-9587-7eff30d0a192″>その他、Tim Ferriss に関する公開インタビュー、ポッドキャスト発言、
および本人ブログ(tim.blog)の内容を参照。