ブレア回顧録』 トニー・ブレア著 石塚雅彦(訳

 

トニー・ブレア元イギリス首相の回顧録を読み返している。

 

出版された際も読んだがこの政治家はあらためて読んでも学びが多い。

 

リーダーシップは自分の研究領域なので、こういった為政者や経営者の回顧録は大方目を通しているが、それでもブレア氏の回顧録が特段興味深いのは米国同時多発テロという戦争の形を変えた歴史の転換点に彼の活躍があったということも大きいだろう。

 

この特異な時期に老大国の首相を務めた人物の回顧にはそれ自体に迫力がある。

 

現役のころからその流ちょうで巧みな演説で知られたブレア氏だがが、自身の人生を振り返る本作でもその筆遣いはもちろん達者だ。

 

一見アメリカに引きずられる形でイギリスをイラク戦争に導いたブレア氏の胸の内にはどんな思いが去来していたのか、率直な思いを自分の言葉で、視点で、綴られていて実に読みごたえがある。

 

この参戦に至った判断にしても、読み進めると、アメリカからの強い要望からというよりも、ブレア氏個人の強い信念に動かされてのものだったことが分かる。

 

「私の一貫した関心は、アメリカが抱きかかえられ、支持されていると感じるようにさせることだった。心からの団結の腕がアメリカに向けて差し出されていることを感じさせることだった。恐怖、いやそれよりも怒りと憤激は巨大だろう。それがどのように表出されるかは、アメリカの指導者が自国民にどう語りかけるかだけではなく、外の世界が同情と責任を分かち合う決意をどう表明するかにかかっていた。」
(下巻 P.17)

 

同時多発テロ事件が起きたニューヨークの現場に着き、五番街のセント・トーマス教会で、ブレア氏は故・エリザベス女王のメッセージを伝えた後、自身も短い朗読をしている。

 

ブレアが選んだのは、ソーントン・ワイルダーの小説『サン・ルイス・レイの橋』に出てくる、峡谷にかかる橋が崩落して死んだ五人についての箇所だ。

(この小説は初めて知った。チェックしてみたい。名優をそろえて映画化もされている模様!)

 

「しかしわれわれはやがて死ぬ。そして五人の思い出もすべてこの世を去っているだろう。私たち自身はしばらく愛されるが忘れられるだろう。しかしその愛だけで十分だろう。これらすべての愛の衝動は、愛を創った愛へ戻る。愛にとっては思い出さえ必要なわけではない。生けるものの大地と死せるものの大地があり、その二つをつなぐ橋が愛である。ただ一つ生き残るもの、ただ一つの意味が愛である」
(下巻 P. 18)

 

悲しみと絶望の淵にいる人たちへ向け、最後は愛が残る、愛しか残らない、と説くのは勇気が要ったと思う。

 

政治家としての覚悟を感じる。

 

登場する当時の大西洋両岸のリーダーに対する観察眼も確かなものを感じる。

9.11直後のジュリーアーニ元NY市長への高評価などを見るに、リーダーシップの評価というものがいかに難しいものかを感じる。

理解しておくべきは人は変わる、ということ。

 

リーダーシップを学ぶという点ではもちろんだが、当時を振り返る一級の歴史書としても、当事者の目線で語られる政治の物語としても十分に楽しめる本だ。

この先、何十年後かには(現在の評価を見るにあるいは何百年後か)、もしかしたら再評価される日が来るのかもしれない。

 

折に触れてこの回顧録には触れていきたい。

(Picture from Tony Blair Institute)