今週も Andrew Huberman のポッドキャストを一つ聞きました。
Huberman については最近、こちらでも紹介したばかりです。
今回は、
“How to Set & Achieve Goals | Huberman Lab Essentials”
ということで、どのように目標を立てて、達成するか、について。
まさに年末年始のこの時期にふさわしい内容でした。
「目標設定」というよくあるテーマなのですが、彼はまたいつものように、脳科学と心理学の観点から、かなり具体的な「やり方」まで落とし込んでくれていて、とても示唆に富む内容でした。
この記事では、私自身の理解もかねて、
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どんな脳の仕組みが「目標追求」に関わっているのか
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目標はどのくらい「難しく」設定するとよいのか
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どんな「イメージ」の仕方が達成率を高めるのか
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なぜ「視線」の使い方がそんなに重要なのか
といったポイントを、実生活に使える形で整理してみたいと思います。
聞いたままに脳の働きなどについても記しているので、脳の回路がどうだとかはそこまで知る必要のない方は、どんどん読み飛ばしてください。
1. ゴール追求は、4つの脳の回路の共同作業である
Huberman は、「どんな種類の目標であっても、脳の中では同じ回路が動いている」と説明します。特に重要なのが、次の4つです。
① 扁桃体(Amygdala)― 不安・恐怖の装置
扁桃体は、一般に「恐怖」や「不安」と結びつけられる部位です。
一見、目標達成とは無関係に見えますが、私たちの多くの行動は、
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失敗したくない
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恥をかきたくない
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経済的に破綻したくない
といった「回避したいもの」からも強く動機づけられています。
つまり、目標追求には「恐れ」も組み込まれている、ということです。
② 基底核(Basal Ganglia)― 「Go / No-Go」の装置
基底核には大きく分けて2つの回路があります。
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Go 回路:行動を「やる」方向に押し出す(例:明日朝5km走る)
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No-Go 回路:行動を「やめる」方向に働く(例:二枚目のクッキーは食べない)
ダイエット、執筆、勉強、どの目標も、結局は「やる」行動と「やめる」行動の積み重ねです。
その裏側で基底核が働いています。
③ 外側前頭前野(Lateral Prefrontal Cortex)― 計画と実行
ここはいわゆる「実行機能」を司る領域です。
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今日何をするか
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それが一週間後、一ヶ月後のゴールとどうつながるか
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長期と短期をどう調整するか
といった時間軸をまたいだ思考と計画を担当しています。
④ 眼窩前頭皮質(Orbitofrontal Cortex)― 感情と「進捗感」
この領域は、
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「今の自分の感情状態」
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「ゴールに近づいたときの感情状態」
を比べながら、「今、どれくらい進んでいるか」を感覚的に評価しています。
2. モチベーションの通貨は「ドーパミン」
Huberman は、目標追求に関わるもっとも中心的な物質として、ドーパミン(dopamine)を挙げます。
一般には「快楽物質」と呼ばれますが、実際には、
ドーパミン = 快楽そのものではなく「やる気・追求」の化学物質
です。
ドーパミンが教えてくれること
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いま取り組んでいることに「価値」があるか
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自分は「前に進んでいる」のか、それとも停滞しているのか
といった判断を、脳はドーパミンの増減を通じて行っています。
Reward Prediction Error(報酬予測誤差)
ドーパミンには、次のような特徴があります。
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予想していなかった良いことが起きる → ドーパミンが大きく上がる
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「良いことが起きそうだ」と予想し、その通りに起きる → 事前と事後に中くらいの上昇
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「良いことが起きる」と期待したが、起きなかった → ベースラインよりも下がる(これが「失望」)
この仕組みがあるために、
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ゴールまでを小さな「マイルストーン」に分ける
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そのマイルストーンを、適度に「意外なタイミング」で達成していく
といった工夫が、モチベーション維持に効いてくるのだといいます。
3. 「ちょうどいい難しさ」が、達成率を最大化する
目標の難易度について、Huberman は明確にこう言います。
「簡単すぎる目標」と「不可能に近い目標」は、どちらもやる気を殺す。
実験の結果、
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Easy(簡単すぎる):自律神経があまり動かず、身体が「やる価値なし」と判断
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Impossible(無謀すぎる):興奮どころか血圧が下がり、「現実味がない」と判断
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Moderate(中程度の難しさ):達成率がほぼ2倍に上がる
と報告されています。
「Moderate」な目標の感触
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「頑張らないと届かないけれど、完全に無理ではない」
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「できるかどうか、ギリギリわからない」
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「正直こわい。でも、やってみる価値はある」
このくらいのラインに目標を置くと、身体レベルで「よし、やるか」と戦闘モードに入ってくれます。
4. 目標達成でいちばん効くレバーは「視線」である
このエピソードの中で、私が一番おもしろく感じたのは、
視線(Vision)の使い方が、目標達成に決定的な影響を与える
という点でした。
Peripersonal vs Extrapersonal
Huberman は、
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Peripersonal Space:自分の体の内側と、すぐ手が届く範囲
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Extrapersonal Space:それより外側、まだ手に入っていない世界
と区別します。
目標を追いかけるとは、本質的には、
「今ここ(Peripersonal)」から「外の世界(Extrapersonal)」へと
自分を向かわせるプロセス
だというわけです。
「一点を見つめる」と、達成スピードが23%上がる
ニューヨーク大学の心理学者 Emily Balcetis らの研究では、
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被験者に重りをつけて一定距離を歩いてもらう
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一方のグループには「ゴールラインの一点を凝視するよう指示」
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もう一方のグループには特に指示なし
という実験が行われました。
結果はこうです。
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ゴールを一点凝視したグループは、
努力感が17%少なく、達成が23%速かった
つまり、
行動を始める前に、「少し先の一点」に視線を固定するだけで、
身体が「前に進むモード」に入りやすくなる
ということです。
5. 成功イメージより「失敗イメージ」が効く
多くの自己啓発書では「成功をイメージしましょう」と言われますが、Huberman はこれをかなり批判的に見ています。
成功のイメージの限界
成功イメージは、
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ゴール追求を「始める」スイッチにはなるが、継続のためにはあまり役に立たない
むしろ、成功イメージだけを繰り返すと、「もう十分味わった」ような錯覚が起きてしまうこともあるといいます。
達成率をほぼ2倍にするのは「失敗のイメージ」
研究によると、
「失敗したときに何が起きるか」を具体的にイメージする人は、
そうでない人に比べて目標達成率がほぼ倍になる
ことが示されています。
たとえば、
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目標を達成できなかったら、どんな後悔をするか
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5年後、10年後の自分に、どんな悪影響が出るか
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誰に対して、どんな顔向けができなくなるか
などを、かなり具体的に思い描くのがポイントです。
扁桃体(不安・恐怖の回路)をうまく使うことで、「逃げにくい状況」を自分の中に作る、という発想です。
これは意外でした。
6. 進捗チェックは「週1回」で十分
目標管理というと、毎日シートをつけて…というイメージがありますが、Huberman は「週1回のチェック」でよい、といいます。
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毎日細かくチェックすると、ドーパミンの変動が小さく、モチベーションを削りやすい
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1週間単位の「ふり返り」の方が、RPE(報酬予測誤差)がはたらきやすい
具体的には、
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週末や決まった曜日に「今週はどこまで進んだか」「何回できたか/避けられたか」を確認する
くらいがちょうど良い、とされています。
7. Space–Time Bridging:3分でできる「目標モード」の訓練
Huberman が個人的にも実践しているというのが、Space–Time Bridging(空間と時間をつなぐ練習)です。
これは、視線と注意のフォーカスを段階的に変えていくことで、
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「自分の内側」に向いた注意
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「外のゴール」に向いた注意
を自在に行き来できるようにするトレーニングです。
手順(90秒〜3分程度)
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目を閉じる
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呼吸、心拍、身体感覚など「内部」に注意を向ける(3呼吸)
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体の一部を見る
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目を開けて、自分の手のひらなどを見る
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注意の「9割」を内側、「1割」をその手のひらに置く(3呼吸)
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数メートル先の一点を見る
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部屋の壁など、5〜15フィート先の一点を見つめる
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注意の「9割」をその外側の一点に、「1割」を呼吸に(3呼吸)
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可能な限り遠く(地平線やビルの向こう)を見る
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視線をできるだけ遠くへ飛ばす
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ほぼ100%の注意を外側へ(3呼吸)
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視野を広げる
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特定の一点ではなく、「視界全体」に注意を広げる(3呼吸)
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再び目を閉じて内側に戻る
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最初と同じように、呼吸と身体感覚へ(3呼吸)
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これを2〜3サイクル行うだけで、「内側の感覚」と「外側のゴール」を行き来する感覚が鍛えられます。
Huberman は、これによって
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長期ゴールと短期タスクの両立がしやすくなる
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フォーカスとモチベーションの回路そのものが強くなる
と言っています。
8. どう活かすか(使い方のイメージ)
最後に、このエピソードを日常にどう落としこむかを簡単にまとめます。
① 目標を「ちょうど怖いくらい」に設定する
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簡単すぎるものは外す
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かといって「宝くじレベル」の夢ではなく、
「本気でやれば、ギリギリ届くかもしれない」ラインに置く
② 行動前に「一点を見る」儀式を入れる
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執筆、勉強、トレーニングを始める前に、
30〜60秒だけ、少し先の一点を凝視する -
それを「スイッチ」として習慣化する
③ 始める前に少しだけ成功イメージ、続けるときは失敗イメージ
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新しい目標を立てた初日や、プロジェクト開始時には一度だけ「成功したときの姿」を強くイメージする
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普段の日々の実行フェーズでは、「やらなかったらどんなまずいことになるか」を具体的に思い浮かべる
④ 進捗は「週1回」チェックでよい
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週末にノートやツールを開き、「やった回数」「避けられた回数」「進捗」をまとめて確認する
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うまくいっていれば、その事実そのものがドーパミンとなり、次の週のモチベーションにつながっていきます。
おわりに:科学をうまく借りて、習慣と目標を設計する
目標設定や自己管理というと、「根性」や「意志力」の話になりがちですが、Huberman の話を聞いていると、むしろ
「脳と身体の仕組み」を理解して、それに合うように設計する
という発想が重要なのだと感じます。
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目標の難易度
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視線の置き方
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イメージの中身(成功か失敗か)
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チェックの頻度
これらを少し変えるだけで、「同じ人・同じ意志力」でも達成率が大きく変わるとすれば、試してみる価値は十分あるのではないでしょうか。
私自身も、このエピソードを聞いてからは、年始の目標設定も変えました。
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目標を「Moderate」な難易度に置き直す
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作業前に「一点を見る」時間を挟む
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週1回だけ進捗をチェックする
というシンプルなところから、実験を始めています。
もしこの記事が、みなさん自身の目標や習慣を見直すきっかけになれば嬉しいです。
参考
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Andrew Huberman,
“How to Set & Achieve Goals | Huberman Lab Essentials”,
Huberman Lab Podcast. -
Emily Balcetis, et al., research on visual attention and effort perception in goal pursuit.