現代を生きる作家として、私たちは何を心に留めるべきだろうか?
「作家は変化を受け入れよ——だが、読者の価値観を当然のものと思ってはならない」
これまでも度々紹介してきた作家、カズオ・イシグロの創作術。
英国の書店WaterstoneのInstagramで紹介されていたインタビュー動画をご紹介したい。
このインタビュー動画では、自分の若い頃の自分に何を伝えるかを振り返りながら、小説家は通常、33歳から47歳の間にピークを迎えるという自身の持論を述べている。
そして、20年前の自分の方が、今の自分よりも優れた作家であったかもしれないと率直に認めている。
そんな彼は、希望と警鐘の両方を語る。
まず、ポジティブな側面として、今後文学の境界がますます曖昧になっていくだろうと予測する。
国ごとの文学伝統、ジャンルの違い、大衆文学と純文学の区別といったものが次第に溶け合っていくとし、それを健全な流れだと見ている。
しかし一方で、彼は警告も発する。
自分が育ってきたリベラルな人道主義的価値観が、今後も当然のように支配的であり続けるとは思わないほうがいい。
長く読まれる作品を生み出したいと願うならば、未来の読者が持つ社会観が、今日の私たちの常識とは根本的に異なるかもしれないことを理解し、彼らとつながる努力をする必要があるという。
我々は大きな変化に直面している。
〈インタビュー書き起こし〉
Waterstones:
20年前に戻れるとしたら、自分にどんなアドバイスをしますか?
Kazuo Ishiguro:
「私は、小説家は他のタイプの作家とは違い、33歳から47歳の間にピークを迎える、という持論を持っています。あまり人気のある考え方ではないかもしれませんがね。もし20年前に戻ったとしても、そのピークの時期に差し掛かる頃だったので、今の私が当時の自分に何かアドバイスをするなんて、おこがましくてできません。むしろ、その頃の私の方が今より優れた作家だったかもしれないくらいです。
とはいえ、この20年間に何が起こったのか、そして今後どうなっていくのかは分かっています。だからこそ、一つは励ましの言葉を、もう一つは少し警告めいたことを伝えたいと思います。
まず、励ましの言葉ですが、本の世界では多くの境界がどんどん崩れていくでしょう。これは、とても良いことだと思います。国ごとの文学の伝統や、ジャンルの違い、大衆文学と純文学の間にある境界線がどんどん曖昧になっていく。20年前の私なら、きっとこの変化を歓迎したでしょう。
そして、もう一つの警告。自分が育った環境で当たり前だったリベラルな人道主義的価値観が、これからもずっと支配的であり続けるとは思わない方がいい。これまで自分が想定していた読者が、今後も自分と同じ価値観を持っているとは限らないんです。
もし、自分の本が何十年先も読まれ続けるものになってほしいと願うのなら、未来の読者は私たちとはまったく異なる社会観を持っているかもしれない、という前提で書く必要があるでしょう。」
オリジナル投稿はこちら: @waterstones
インタビューを観ていない方は、ぜひチェックしてほしい!
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