カズオ・イシグロといえば、日系イギリス人作家で、ブッカー賞、ノーベル文学賞を受賞した高名な作家。
私も好きでこれまでも作品を読んできたし、彼のこれまでの人生について書かれた多くの記事も読んできた。
このブログでもたくさん取り上げてきた。
たとえばこの「Dream Techniques」を使ってどのように作品を書いたかなどは、読んでるだけでとてもおもしろい。
小説はもちろん、映画も素晴らしい。
イギリスの理想の紳士像や執事像をこれほどまっすぐにとらえた物語はそうない。
映像化されている作品ではもう一つ、『わたしを離さないで』も有名だ。
今朝、朝の散歩中に聞いていたのがこちら、BBC Bookclub。
番組で取り上げられたのがまさにこの『わたしを離さないで』で、視聴者からの質問にイシグロ氏が一つ一つ丁寧に答えていた。
この話を読んだときに、自分も一度聞いてみたかった質問があった。
下記そのやり取り(拙訳)。
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Q:なぜ登場人物たちは自分たちの(臓器提供者としての)人生、運命を無抵抗に受け入れてしまっているのか? 不平も言わず、反抗もせず、逃亡さえ試みない。これはなぜなのか?
A:それはキーとなる質問だ。二つの答えがある。なぜ逃げない、なぜ戦わないのか。
一つ目は、人類の歴史を見たときに、悲しいことに実に多くの人々が(自らに課された)運命を何世代にも渡り受け入れてきたことが挙げられる。
迫害され、略奪され、奴隷制を強いられてきた。
西側諸国のような自由社会においてさえ、多くの人が現実から逃げようとはしない。
悪化した結婚生活や劣悪な仕事環境からも逃げない。
私はこれが人間の土台となる特徴の一つだと思った。
往々にして人々は現状を受け入れることが自らの責務だと感じている。
与えられた環境の中で、苦しみながらできることを日々行っていくことに、尊厳や自分の価値を見出そうとするのだ。
二つ目の理由は、限られた人生の長さの中で人間の生きる状況について、比喩になると思って書いた。
上で挙げた状況についてはだれも逃れることはできない。
死が自分には訪れないと思いこんだり、老化を感じないふりをしても、本当はそこから逃げられないことを我々は知っている。
死に打ち勝とうとしても文字通りの意味では勝ち目がない。
与えられた人生の中で大事なものを見つることでのみ、打ち勝つことができる。
だからこそ私は逃亡であったり反乱を起こすような作品にはしたくなかった。
私は、主人公たちの運命を通して、我々全員が直面する、「死」と「限りある人生」について考えるきっかけとしたかった。
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「記憶の作家」ともいわれるが、イシグロの人生、社会への隷属や呪縛、ひいては、死に打ち勝とうとする苦悩について、あらためて再認識できた。
日々を大事に生きること、人生に大事なものを見出し、自分の中で記憶として思い止めること。
これは彼の作品に共通してみられる、柱となるテーマになっている。