前回に引き続き、チゴズィエ・オビオマ について。

チゴズィエ・オビオマの創作ワークショップ:作家が教えるときに伝わってくるもの・・・

 

 

201910月のGuardian紙の記事に、How to write a Booker contender – by Margaret Atwood, Salman Rushdie and others と題した記事があった。

https://www.theguardian.com/books/2019/oct/05/how-to-write-a-booker-contender-by-margaret-atwood-salman-rushdie-and-others

「ブッカー賞の候補作品を書く方法マーガレット・アトウッド、サルマン・ラシュディ、および他の著名作家に聞く」

 

この記事の中では、名だたるブッカー賞候補の常連に加えて、オビオマ氏にもこの質問を聞いている。

ブッカー賞の候補作品となるような傑作を書く方法とは?

 

オビオマ氏の創作術のワークショップでは、イギリスの詩人、ジョン・ミルトンを取り上げられることは前回書いた通り。

でもなぜミルトンなのだろうか。

ずっと考えていたのだが、このインタビューの記事ではっきりした。

 

下記、拙訳。

——— 

キャラクターの心理的な複雑さに私は深い興味を持っています。
例えば、私の小説『The Fishermen(ぼくらが漁師だったころ)』では、兄弟たちが互いを愛しているのに、なぜ互いを憎むようになるのかということを探求しています。
また、『An Orchestra of Minorities(小さきものたちのオーケストラ)』では、最初は自制心のあるチノンソがなぜ復讐心を抱くようになるのかを考えています。
これは私のフィクションの中でも重要なテーマで、人間の感情がどのように極端な変化を遂げるのかを探求する方向性です。

物語を構築する際、適切な構造が必要でした。
私はchiと呼ばれる宇宙的な存在について育ちました。
このchiは非常に普遍的で、私の名前にも関連しています。
私の母方の祖父はキリスト教に改宗せず、イボ族の伝統宗教であるodinaniに固執していました。
そのため、母はイボ族の世界観に触れ、特に問題が起きるとchiに言及します。
彼女はよくこう言います。「この苦難はあなたのchiの失敗が原因だ」と。

物語で探求すべき要素として、存在、運命、愛、移民、階級、人種、復讐などがありました。
これらのテーマをどのように語るべきかを考えました。
そして、ジョン・ミルトンの『失楽園』という本に出会い、それが西洋文明の基盤である自由意志を探究していることに気付きました。
そこで、この物語をchiの視点から語ることに決めました。
chi
700年にわたり再生する精神であり、イボ族文化の中心的な要素でした。
この物語を通じて、イボ族文化の歴史やイボ族の信念、社会構造を紐解こうとしました。
これは、植民地化以前のアフリカが成功したシステムを持っていたことを示す一部でもあります。
アフリカや黒人のコミュニティにおける問題の根本には、私たちが既に成功したシステムを持っていたという事実を認識していないことがあると考えています。
そのため、無意識の劣等感を払拭する必要があると考えています。

——— 

 

なるほど、彼は自らの出自の部族の『失楽園』を書こうとしていたのだ。

西洋文明の基盤に自由意志という概念があったように、植民地以前のイボ族のコミュニティにも伝統宗教に基づいた独特な宇宙観があり、そのことを強調するに奇しくも『失楽園』がマッチしたということなのだろう。

イボ族:イボぞく【イボ族 Ibo
西アフリカのナイジェリア南東部,ニジェール川とクロス川にはさまれた熱帯森林地帯に居住する部族。 人口は300万人に達し,人口密度もひじょうに高い。 アフリカでも最も進取の気性に富み,活力に満ちた人びととして知られ,商業活動などを通じて,ナイジェリア全土,とくに北部地方で活躍した。
– https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%9C%E6%97%8F-32177#:~:text=%E3%82%A4%E3%83%9C%E3%81%9E%E3%81%8F%E3%80%90%E3%82%A4%E3%83%9C%E6%97%8F,%E5%8C%97%E9%83%A8%E5%9C%B0%E6%96%B9%E3%81%A7%E6%B4%BB%E8%BA%8D%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

 

 

なお、最後にオビオマ氏はインタビューをこう結んでいる。

——— 

私はこれらの埋もれた文化を再発見し、その宇宙観を明らかにし、私の同胞たちに真実を示す役割を果たすべきだと信じています。
これは、私たち自身の宇宙観を描いた小説を書くことから始まります。
(私の)小説は、神々に対して人間の行動を正当化しようとするイボ族版の『失楽園』となるのです

——— 

 

海外の文脈に照らし合わせながら、どれだけ作家自身の出自であったり文化を高いストーリー性を持って語れるか。

ブッカー賞に限らず、昨今の世界の大きな文学賞の受賞作に共通する傾向だ。

 

オビオマ作品が度々ブッカー賞候補に選出される背景に、こうした特異なマッチングがあるのも理由のひとつなのだと思う。

 

楽園を追放されるアダムとエバ(ジェームズ・ティソ画)

 

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