AI の進化は、仕事を速くします。
しかし同時に、別のものを奪っていく気もします。
人間の“判断の燃料、です。
会議は増え、情報は増え、変化は速い。
国際チームだと、時差・文化差・前提のズレがさらに重なります。
そして、こうなります。
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何を決めればいいか分からない
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決めても、すぐ前提が変わる
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判断疲れが溜まり、雑になる
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雑になるほど、信頼が落ちる
この「脳の消耗」が、これからの経済と組織の競争力を左右する。
マッキンゼー・ヘルス・インスティテュート(MHI)が提示したのが、「ブレイン・エコノミー(脳の経済)」という考え方です。
結論は一言です。
強い脳が、強い経済をつくる。
1. ブレイン・エコノミーとは「判断が価値になる」時代の経済
ブレイン・エコノミーは、根性論でもウェルビーイング礼賛でもありません。
シンプルに、「価値の源泉が移った」という話です。
かつては、資本=工場・設備・インフラでした。
これからは、資本=脳(健康と能力)です。
なぜなら、AI が普及するほど、人間の仕事はこういう領域に寄るからです。
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不確実な状況で意思決定する
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人と協働し、合意をつくる
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倫理・責任の線引きをする
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変化の中で学び続ける
つまり、「知識」よりも「判断」が価値になります。
哲学的に言えば、実践知(phronesis)の重要性が、経済の中心に来たということだと思います。
2. 新しい資本は「ブレイン・キャピタル」=健康+スキル
MHI は、脳の価値を ブレイン・キャピタル(brain capital)と呼びます。
内訳は2つです。
脳の健康(Brain health)
「病気がない」だけではありません。
認知が働き、日常が回り、ストレスに対処でき、他者とつながれる。そういう“良い作動状態”を含みます。
脳のスキル(Brain skills)
適応力、問題解決、共感、協働、判断力。若いころから育ち、生涯にわたって鍛えられる能力です。
ここで重要なのは順番です。
健康が土台で、スキルが上物。
土台が崩れると、上物は機能しません。
3. AI は人を置き換えない、人間の“基準”を引き上げます
「AI に仕事を奪われるか」という議論は分かりやすい。
ただ、MHI のメッセージは別です。
AI は人間を置き換えるのではなく、人間に求める能力の水準を引き上げる。
AI を使う側には、次が必要になります。
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何を目的にするか決める力
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出力の前提と限界を理解する力
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最後に責任を持って判断する力(倫理判断を含む)
国際ビジネスの現場だと、ここに「文化差の翻訳」「利害の調整」「信頼の設計」が乗ります。
AI が速くするのは“作業”ですが、人間に残るの「判断と関係」です。
だからこそ、脳の状態が決定的になります。
4. 国際チームの生産性は「言語」より「認知負荷」で崩れる
国際派の人ほど、こういう経験があるはずです。
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時差会議で、意思決定が先送りになる
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メールとチャットで前提が分裂する
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誰も悪くないのに、摩擦だけが増える
これは「英語力」の問題ではなく、認知負荷(cognitive load)の問題です。
不確実性が高いほど、脳は「予測」と「修正」にエネルギーを吸われます。
ここで誤ると、組織はこうなります。
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判断が鈍る(決めない・決められない)
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小さな不信が積み上がる
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変化対応が遅れ、疲弊が進む
逆に言えば、グローバルに強い組織は、戦略以前に“脳に優しい設計”を持っています。
5. リーダーシップの再定義:「人を動かす人」ではなく「脳を設計する人」
A I時代のリーダーは、ブレイン・キャピタルの管理者へ
MHI も、リーダーにできることとして、
「ロールモデル」「偏見の低減」「支援とスキル育成を文化にする」
を挙げています。
それらを、より実務的に 3つ に落としてみます。
① 会議を減らすのではなく「判断を増やす」設計に変える
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会議の目的を「共有」ではなく「決定」に寄せる
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“決める人”と“決めない人”を明確にする
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前提が変わったら、前提から更新する(議論を続けない)
② 情報を増やすのではなく「注意(attention)を守る」
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重要テーマには「深い時間」を確保する
(深い時間=通知や会議に切られず、判断・設計・執筆などのコア作業に没頭できるまとまった時間) -
通知・即レス文化を疑う(速さは品質ではない)
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AI は“作業”に使い、“判断”は人間が持つ
③ 「毒性」を減らす。これが最も費用対効果が高い
燃え尽きの大きな要因として、職場の毒性が語られます。
ここを放置すると、健康もスキルも落ちます。
つまり資本毀損です。
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侮辱、曖昧な責任、無意味な緊急度
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不確実性を下に丸投げする管理
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学習よりも処罰が強い文化
これらは「人格」の問題に見えますが、ほとんどが「設計」の問題です。
6. まとめ:AI投資と同じ熱量で「脳」に投資する組織が勝つ
ブレイン・エコノミーは、夢物語ではなく、これからの本気の成長戦略だと思います。
MHI と WEF の共同文脈では、脳への投資が経済に大きな影響を与え得る という議論が強調されます。
そして、現場目線で言い直すならこういうことだと思います。
AI時代に伸びるのは、“脳が強い人” と “脳が強い組織” だけである。 ■
参考文献
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McKinsey & Company. “The brain economy explained: Why strong brains power strong economies.” (McKinsey Explainers), 2026-01-16.
-
McKinsey Health Institute. “The human advantage: Stronger brains in the age of AI.” 2026-01-15.
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World Economic Forum. The Human Advantage: Stronger Brains in the Age of AI (PDF), 2026-01-07.
-
World Economic Forum (in partnership with McKinsey Health Institute). Brain Economy Action Forum(概要ページ).