最近ふと気づいたのですが、私の note のアイキャッチ画像には、あの名作映画『ゴッドファーザー』の写真を使っているのに、これまでほとんど映画の話を書いてこなかったな、と。
めちゃくちゃ映画・ドラマ好きなのに、触れてない!
そこからこんなエッセイを書き始めてみました。
映画やドラマについて語るとき、世の中の多くのレビューは「最後まで観た人」が書いています。
ラストシーンまできちんと見届け、その評価をまとめる。これは、とても真っ当な批評のあり方だと思います。
でも、実際の私たちの視聴体験って、それだけでしょうか?
むしろ本音を言えば――
途中で観るのをやめてしまう作品の方が、圧倒的に多いのではないでしょうか。
・続きが気にならなくなった
・なんとなく再生ボタンを押さなくなった
・気づけば別の作品へ移っていた
そんな経験、誰にでもありますよね。
けれど、その「離脱の瞬間」については、あまり語られていません。
そこで私は、少し変わった試みを始めてみようと思います。
最後まで観られなかった作品について書くこと。
ただの批判としてではなく、
「なぜ自分はそこで離脱したのか?」を探る、
小さなストーリー研究として。
テンポが合わなかったのか。
キャラクターが途中で平板になってしまったのか。
展開の必然性が弱まったのか。
あるいは単純に、その時の自分の心の状態や生活リズムが変わったのか。
理由はいつも一つではありません。
だからこそ、離脱の瞬間には物語の魅力の核心が潜んでいる気がするのです。
もし私がショーランナー(作品責任者)だったら、どこをどう変えただろう?
なぜ、ある作品は最後まで観る力を持ち、ある作品は途中で手放されてしまうのか?
この問いを、ときどき追いかけてみようと思います。
これは私なりの小さな実験です。
“未完の視聴体験”を集め、その裏側にある学びを見つける旅。
もしかすると、あなたの「途中でやめた作品」と重なるものも出てくるかもしれません。
そして、もしかしたら――
この連載さえ、あなたが途中で読むのをやめてしまうかもしれません。笑。
それもまた、このテーマの一部なのだと思います。▪️