ブルース・リーは、いまも世界で最も有名なアジア系スターだと思います。
もちろん顔と名前は知っているし、映画も観たりしている。
でも、この人が実際にどんな人生を歩み、何と闘っていたのかまで理解している方はきっと少ないですよね。
自分もそうでした。
McKinsey の Author Talks では、文化ストラテジストのジェフ・チャンが新著、
『Water Mirror Echo: Bruce Lee and the Making of Asian America』
について語っています。

関連記事やこのインタビューを読んでいて感じたのは、ブルース・リーの人生が本当に興味深いのは、映画の中の派手なアクションではなく、彼が生涯を通して背負っていた「見えない戦い」――アジア系アメリカ人として自らの存在を証明しようとする闘い――にあるということでした。
リーの物語は「才能」よりも、「居場所を求め続ける意思」の物語だったんですよね。
今のグローバル時代を生きる私たちには、苦労して道を作ってくれたこんな偉大な先人がいたんだと知ると、とても励みになります。
以下、ポイントを絞って紹介していきたいと思います。
1. なぜブルース・リーを書いたのか
2. ハリウッドの壁と、リーの逆転劇
3. ブルース・リーは、なぜアジア系アメリカ人の象徴なのか
4. “Be Water” を超える哲学――「水・鏡・響き」
5. 驚くほど脆いブルース・リー
6. ブルース・リーが切り開いたもの
おわりに――“Be water” は創作者の言葉でもある
1. なぜブルース・リーを書いたのか
作者のジェフ・チャンは言います。
ブルース・リーは有名すぎるが、実際の人生はほとんど知られていない。
・アメリカ生まれ
・香港に戻るが内戦と貧困に直面
・暴力と退学で18歳でアメリカへ“追放”
・シアトルの中華料理店で皿洗い
・黒人、日系、白人の“アメリカの周縁”に生きる人々と出会い、価値観が変わる
そして、リーはハリウッドで何度も門前払いされます。
そのたびに自分に言い聞かせたのが、あの言葉だったそう。
「Be like water(水になれ)」
障害にぶつかったら、形を変えて流れ続ける。
彼の強さは肉体よりも、この思考にあったんですよね。
2. ハリウッドの壁と、リーの逆転劇
『グリーン・ホーネット』で人気が出たものの、ハリウッドが用意した役は「従属的なアジア人」ばかり。
・サイドキック(相棒)
・コック
・下働き
・決して主人公にはなれない
リーは悟ります。
ここでは、俺は見えていないんだ
そして香港に戻ります。
そうすると、主演作が次々と大ヒット。
今度はハリウッドが逆に彼を追いかけるようになります。
しかし――
代表作『燃えよドラゴン』の公開を一ヶ月後に控えた1973年、彼は突然亡くなります。
この主役の「不在」が、逆にブルース・リーを神話にしました。
3. ブルース・リーは、なぜアジア系アメリカ人の象徴なのか
リーの人生は、アジア系がアメリカで直面してきた構造そのものといえます。
・中国人排斥法の時代に生まれる
・両親は移民管理施設で取り調べを受ける
・言語、文化、アイデンティティの分断
・Chinatown という「隔離された場所」での生活
・差別と不可視化
これはなにも遠い過去の話ではないですよね。
アジア系への暴力が急増したコロナ禍以降、アジア系アメリカ人はまたしても、「自分たちはどう見られているのか?」という問いを突きつけられました。
2021年の調査では、
42%のアメリカ人が「有名なアジア系アメリカ人を一人も挙げられなかった」。
最も挙げられた名前はジャッキー・チェン(非アメリカ人)。
次点が、1973年に亡くなったブルース・リーでした。
つまり、リーの存在は依然として「代表性」を背負わされている、といえます。
4. “Be Water” を超える哲学――「水・鏡・響き」
本のタイトル Water Mirror Echo は、リーが若い頃から愛読した道家思想『列子*』の一節から来ています。
(*中国戦国時代の諸子百家の一人列禦寇(れつぎょこう)の尊称。または、その列禦寇の著書とされる道家の文献を指す。)
全文はこうです。
「動けば水の如く。静まれば鏡の如し。応ずること響きの如し。」
リーはこれを、
・武術の型
・戦いの姿勢
・生き方の哲学
として応用しました。
水のように適応し、
鏡のように他者を映し、
響きのように自然に応答する。
しかし、作者のチャンによれば、リー自身はこの境地に到達する前に亡くなってしまった。
だからこそ、彼の人生は「未完の哲学」として輝いているのだ、と。
5. 驚くほど脆いブルース・リー
作者にとって、最も意外だったのは――
リーが非常に脆く、繊細だったこと。
・何度も挫折するたびに、自作の格言や道家のことばをノートに書く
・「自分は成功できるか?」と何度も自問する
・ハリウッドでの差別に深く傷つく
スクリーンの「無敵の男」とは裏腹に、実際のリーは、
何度も否定されても前に進み続けた傷つきやすい、
「普通の人間」だった。
その姿こそ、多くの人を励ますのだとチャンは語っています。
6. ブルース・リーが切り開いたもの
リーは、アジア系の可視性を切り開くために戦ったともいえます。
その代償として、彼は多くを失いました。
身体的・精神的な健康、家族との時間、自分の内的安定、そして、自分の理想と現実のギャップ。
その結果:
・出演交渉では何度も拒絶
・役柄は従属的でステレオタイプばかり
・自分が“本当の自分”を演じられない苦痛
・制作現場での意見衝突と孤立
理想を追うほど、ハリウッドでの居場所は狭まっていったとされます。
50年後の今、
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』などアジア系の表現はかつてない広がりを見せています。
うれしいことですね。
でも、リーがいなければ、この風景は存在しなかったかもしれません。
おわりに――“Be water” は私たちの言葉でもある
この記事を読みながら、ひとつ思ったことがあります。
ブルース・リーの戦いが「見えない壁との戦い」だったように、私たちも日々、それぞれの小さな不可視の壁と向き合っていますよね。
-
周囲の期待やステレオタイプ
-
文化・職場の「目に見えない基準」
-
批判や拒絶に対する恐れ
-
成功や変化に対する恐れ
そのとき、
動けば水の如く。静まれば鏡の如し。応ずること響きの如し。
という言葉は、私たちに進む方針を与えてくれるのではないでしょうか。
リーの「未完の哲学」を、今の時代を生きる私たちが受け継いでいきたいと思います。■
参考元:
Author Talks: Bruce Lee’s fight for Asian American visibility
December 3, 2025 | Interview
<
p id=”44f1687b-2d89-43aa-868c-c98d846345c0″>https://www.mckinsey.com/featured-insights/mckinsey-on-books/author-talks-bruce-lees-fight-for-asian-american-visibility?stcr=D5907C8D667544D6AE3018778511F1EE&cid=mgp_opr-eml-alt-mat-mgp-glb–&hlkid=6ec0dd259e8b4376a4bff8e78f8f36c3&hctky=13894600&hdpid=29222627-2205-4ca9-82c2-c3606a5a9b67