今回の台風は、気圧が下がり風も強まったものの、思ったほど雨が降りませんでした。
考えてみれば、「台風が来たのに雨が降らない」こともあれば、「晴れ予報だったのに突然の豪雨」に見舞われることもあります。
これだけ科学や技術が進んでも、天気は私たちの思い通りにはなりません。
人類が作ったAIは絵を描き、病気を予測し、宇宙へも探査機を送り出しています。
それなのに、ひとしずくの雨を、思い通りに降らせることは、いまだにできていません。
たしかに、「人工降雨(cloud seeding)」という技術は存在します。
これは、すでにある雲にヨウ化銀などの粒子を散布して、雨粒の核をつくり、降水を促す方法です。
しかしこの方法は、「雲があること」が前提。カラカラに乾いた空に、ゼロから雨雲を生み出すことは、現在の科学では不可能らしいんです。
それでも中国や中東の一部では、このヨウ化銀を使った技術が積極的に使われています。
たとえば中国では、2008年の北京五輪の際に、開会式の前日に雨を降らせて、当日を晴天にする目的で人工降雨を実施しました。
黄土高原や新疆ウイグル自治区などの乾燥地域では、農業支援や砂漠化対策としても取り入れられています。
また、アラブ首長国連邦(UAE)などでは、ドローンを使って雲にヨウ化銀を撒き、わずかな水資源を確保しようとしています。雨が極端に少ない地域では、たとえ不確実でも可能性のある方法に賭けるしかないという背景があります。
ただし、これらの技術が「確実に雨を降らせるもの」ではないことは、専門家の間ではよく知られています。
人工降雨はあくまで、「降る可能性のある雲に刺激を与えることで、降水確率をやや高める技術」に過ぎません。
狙い通りに雨が降る保証はなく、むしろ突然の大雨や洪水といった副作用を引き起こすケースも報告されています。
また、こうした介入には国際的な懸念もあります。
ある地域で雲を操作することが、他の地域の降水量や気候に影響を与える可能性もあるからです。気象を操作する行為には、倫理的・政治的なリスクも伴います。
このように、「雨を降らせる」こと一つとっても、科学的・技術的な難しさ、自然現象の複雑性、そして社会的なジレンマが絡み合っています。
雨を自在に操れないという現実は、単に科学が未熟だからではありません。
むしろ、地球の気象システムがあまりにスケールが大きく、変数が多く、再現性を持ちにくいという、対象そのものの難しさに原因があるとされます。
気象は「複雑系」と呼ばれ、わずかな初期条件の差が大きな変化を引き起こす「カオス的な現象」の代表です。
完全な操作は現代科学の射程を超えており、いまだ「挑戦中の領域」と言えます。
ギリシア神話では、全宇宙や雲・雨・雪・雷などの気象を支配していたのは、神々の王、天空神・ゼウスでした。
私たちが自然に対してできることは、すべてをコントロールすることではなく、限界を理解しながら、予測精度や対処力を少しずつ高めていくことだけ、なのかもしれません。
科学の持つ、本来の姿を考えさせられます。▪️