大変興味深い記事を読みました。

Business Insider の記事で A tale of two leaders(二人のリーダーの話)というものです。
こんな一文で始まっています。

“In one corner is the bespectacled tortoise, Bill Gates. In the other, the chainsaw-wielding hare, Elon Musk.”
(片や眼鏡をかけたカメ、ビル・ゲイツ。片やチェーンソーを振りかざすウサギ、イーロン・マスク)

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古典寓話 The Tortoise and the Hare (ウサギと亀)を借りながら、テック界の二大富豪が示す“効率”の真逆のかたち――これが、世界最貧層の生死を左右しているという事実を記事は暴いています。

分かりやすくて良い記事でしたので、今日は 7つの視点 で両者の対比を深掘りし、最後に「私たちはどちらの背中に未来を託すのか」という問いを考えてみたいと思います。

 


1. いま使うか、あとで使うか──資金投入のタイムライン

ゲイツは、自身の慈善財団を 2045年に解散 すると宣言。
それまでに 追加 2,000 億ドル を寄付すると発表しました。その核心をこう語ります。

“More money now rather than later is a more ambitious approach.”
(後回しにせず、いまこそ資金を投じる――それこそがより野心的な姿勢だ)

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“Given that I have these resources, what can we achieve?  
It makes a big difference to take the money and spend it now versus later.”

(私に資源があるのなら何が実現できるか? 今使うか後で使うかで結果は大きく変わる)

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この一連の動きはこちらにも書いた通りです。

一方マスクは、トランプ政権下で創設された DOGE (Department of Government Efficiency=政府効率化省) を率いて、わずか数日で USAID(米国の機関で、国際的な開発援助と人道支援を主に担当=アメリカ国際開発庁) の契約 80%以上を打ち切り、国際援助を“瞬時”に止めました。
スピードは圧倒的ですが、無数の医薬品・食料供給ラインが途絶し、数万人規模で命が失われた可能性 が指摘されています。

 


2. 「効率性」という言葉の落とし穴

どちらも「効率」を掲げている点では共通しています。
しかし、その意味するところはまるで違います。

イーロン・マスクにとっての効率とは、即時性と大胆なコスト削減です。
彼がDOGE(政府効率化省)を通じて行ったのは、いわば「チェーンソーで一気に切り落とすような改革」でした。
ほんの数日のうちに、アメリカ国際開発庁(USAID)の契約の8割以上が打ち切られ、長年続いていた国際支援の流れが突如として途絶えたのです。

それは、確かに「すばやい決断」だったかもしれません。
しかし、医薬品の供給が止まり、食料支援が混乱し、現地では人々の命に直接影響が出る事態となりました。支援団体からは「突然の資金打ち切りにより、活動の継続が不可能になった」との悲鳴が相次いでいます。

一方で、ビル・ゲイツが考える効率性は、継続性と予測可能性、そして現場との信頼関係の上に成り立っています。
ゲイツ財団はAIなどの最新技術を活用しつつも、支援の優先順位やタイミングをデータと現場の声で慎重に見極めながら進めてきました。
彼の信念は明快です。
「支援は、壊すのではなく、続けることで意味を持つ」。

こうした違いは、経営学者たちの見解にも現れています。
マスクのDOGEによる政策を「clumsy(不器用)」「wrong-headed(的外れ)」「political recklessness(政治的に無謀)」と評する声がある一方、ゲイツのアプローチは「問題の複雑さに対して、成熟した応答をしている」と高く評価されています。

つまり、「効率性」という言葉には二つの顔があります。
ひとつは、現場の実情を見ずにスピードを優先する“暴力的な合理性”。
もうひとつは、時間をかけても、確実に届く支援を維持する“持続可能な合理性”。

そのどちらが、本当に命を救う“効率”なのか。
この記事は、その問いを私たちに突きつけているのです。

数字だけ見れば、どちらも“大きな効率”を掲げています。
しかしマスクの“スピード効率”は、人命を「コスト」とみなす危険をはらんでいます。
果たしてこれが本当に正しい効率化のあり方なのでしょうか。

 


3. Giving Pledge の盲点とゲイツの皮肉

両者はともに億万長者の慈善連合 Giving Pledge (2010年6月にビル・ゲイツ夫妻と投資家のウォーレン・バフェットが始めた寄付啓蒙活動)に署名していますが、ここにも落とし穴があります。
遺産を死後に寄付しても誓約は達成されたことになるからです。
そこでゲイツはマスクにこう言及しました。

“The Giving Pledge – an unusual aspect of it is that you can wait until you die and still fulfill it.  So who knows?  He could go on to be a great philanthropist.  In the meantime, the world’s richest man has been involved in the deaths of the world’s poorest children.”
(「ギビング・プレッジ」には奇妙な点があって、“死ぬまで何もしなくても達成したことになる”。だから将来、彼(マスク)が偉大な慈善家になる可能性はある。でもその間に、世界一の富豪が世界最貧の子どもたちの死に関わっているんだ)

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“Waiting philanthropy”――「先送りの善意」は、燃え盛る現実の前では無力です。

 


4. 教養と成熟の差

“These days Gates looks like a sage compared to Musk and compared to the administration.”
(いまやゲイツは、マスクや政権と比べて“賢者”のように見える)—コロンビア大 Michael Morris教授

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「賢者 (sage)」 という呼称には、単なる頭脳だけでなく 人間の尊厳への洞察、歴史意識、倫理的想像力 が含まれます。
ゲイツはいま、自らを「不要にする日」をゴールに据え、システムを残そうとしています。
対してマスクは「自分がいれば世界は変えられる」という 英雄的・即効型 の思想に立ち、世界を“チェーンソーで「再設計」しようとする。

個人的にはここに教養と哲学の深さの格差を感じずにはいられません。

 


5. 途絶した支援がもたらす連鎖

  • HIV 予防薬 が届かず、新規感染が再拡大

  • 結核治療 が中断し、耐性菌リスクが増大

  • 栄養失調の子ども に届くはずの緊急食料が枯渇

ボストン大学の推計では、DOGE発足以降すでに 数万人が 結核 や AIDS で死亡した可能性 があるといいます。効率という名目が、世界の片隅で静かな“死の連鎖”を引き起こしているのです。

 


6. 歴史のまなざし──ロックフェラーから現代へ

20世紀初頭、ロックフェラーやカーネギーは財団を設立し「公共性」を生みました。
ゲイツはその流れを継ぎ、AIなどの最新ツール×長期伴走モデルで拡張しようとしています。
一方のマスクは、国家の支援責任そのものを「木材チッパーにかける」ように解体し、市場効率の論理を極限まで押し進めようとします。

この姿勢は、危機の混乱に乗じて大胆な改革を一気に押し進める「ショック・ドクトリン(Shock Doctrine)」的な発想を思わせます。
(※ショック・ドクトリンとは、ナオミ・クラインが提唱した概念で、大災害や危機時に政府や市場が“ショック”を利用して急進的な改革や民営化を断行する手法を指します。)

マスクのやり方は、それを国家ではなく民間主導でやっている点で異質であり、まさに「市場原理だけで世界を再設計しようとする構想」に近いものです。

 


7. 私たちが選ぶリーダー像

  • スピードと効率で壊し、作り直すリーダー

  • 教養と忍耐で確実に積み上げるリーダー

どちらが正しいかは単純には決められません。
しかし、命の重みを測り違えた効率が悲劇に直結する事実は、コロナ禍を経験した私たち全員が痛感したはずです。

 


本当に求められる効率化とは

カメは遅く見えます。
けれど 「遅さ」を補う教養と忍耐が、最終的に最大の効率を生む――
寓話にもある通り、これこそが古今東西から伝わる教えでもあります。

富の論理か、人の命か。

効率とは誰のためのものなのか、私たちも今一度考える必要がありそうです。■ 

 


〇 参考記事:
Amanda Hoover “A tale of two leaders — What the spat between Elon Musk and Bill Gates reveals about ‘efficiency.’” Business Insider, May 13 2025.

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