2025年。日本の現代小説が世界の文学シーンを継続的に騒わせています。

川上弘美さんが国際ブッカー賞の最終候補に残りながらも惜しくも受賞を逃したというニュースも、記憶に新しいですね。
一方で、柚木麻子さんの『Butter』はイギリスのBritish Book Awardsで新人小説賞を受賞し、Waterstonesの「Book of the Year」にも選ばれました。売上は28万部を超え、特にイギリスでは今や翻訳小説のなかで日本文学は最大のシェアを誇るとも言われています。

 

 

このブームの扉を開いた一人が、村田沙耶香さんだと思います。

彼女の代表作『コンビニ人間』は2016年に芥川賞を受賞し、2018年の英訳以降、30か国語以上に翻訳されて200万部以上を売り上げています。

2025年4月に英・Guardian 紙に掲載された、村田さんのインタビュー記事が読者に強烈な衝撃と感動を与えています。

‘Marriage feels like a hostage situation, and motherhood a curse’: Japanese author Sayaka Murata
 

村田さんがここまで自身について赤裸々に語るインタビュー記事は、これまで日本語のメディアではなかったのではないでしょうか。

‘I am now able to talk about things that I had kept hidden’ というとおり、正直にお話されています。

(下記、村田さんのコメントは拙訳)

「人間と恋愛関係を結んだこともありますし、子どものころから30人か40人くらいの想像上の友達と、愛や性的な経験を共有してきました」

「母に言われたことにも傷ついていたけど、それを自覚すると壊れてしまうから、私は“怒る力”をなくすことで、生き延びてきたんだと思います」

「普通になりたいとずっと願ってきたけど、作家として問い続けるうちに、普通と異常の境界がさらに不安定になった。普通という概念そのものが、狂気の一種なのかもしれない」

 

彼女は自分が性的被害に遭ったこと、それを長い間“被害”と認識できなかったことについても率直に語っています。

インタビュー全体を通して伝わってくるのは、村田さんが「語ること」それ自体を、自らの生存と倫理に結びつけているという事実です。

彼女の物語が単なる想像力の産物ではなく、「生き抜くための技術」であることが伝わってきます。

作家というのは、職業を超えた「生き方」、なんですね。

 

彼女の新作『Vanishing World』では、性が消滅した未来が描かれています。

 

セックスは“原始的”とされ、恋愛の対象は人間ではなく、アニメのキーホルダー40体。子どもは共同体で育てられ、誰もが「母」となる。

「私は男性キャラクターに恋をしたり、信仰や祈りのような気持ちを抱いたりしてきました。こういう感覚は、私の友人たちにもよくあるんです」

 

この感覚は“フィクトセクシュアル“(ficto-sexual)”と呼ばれます。

性や愛は、必ずしも現実世界の他者と結びつかなくてもいいという考え方ですね。

日本では漫画やアニメの影響もあって、「フィクトセクシャル」な恋愛や性への執着はそれほど珍しいものではないかもしれません。

村田さんの『Vanishing World』では、そうした人たちが少しでも生きやすくなる場所を創造しようとしたのだといいます。

 

 

彼女の代表作『コンビニ人間』の舞台となるコンビニは、まさにそうした場所の象徴だったともいえます。

「メイクをしろとか、女性らしく振る舞えとか、カフェではたくさん言われました。でも、コンビニは違いました。男も女も同じユニフォームで、誰も何も言わない。ただの『親切な販売機』として働ける場所だったんです」

そして18年間、彼女はコンビニで働き、書き続けました。

「毎朝2時に起きて、6時まで執筆していた。それからコンビニのシフトに入って、昼休憩にはカフェに行ってさらに書き続けました」

性別や社会的役割から解放され、「無色の存在」として働ける時間が、彼女の物語世界を支えていたのかもしれません。

「結婚は一種の人質状態。母性は、作家としての人生を終わらせる呪いのように思える」
「小さい頃から、我が子の体型は産める体かといった話ばかりされて、子宮が自分のものではなく、親戚たちの所有物のように感じていました」

家族との確執。性の記憶。作家としての生の危うさ。

ここまで自らを言葉にすることが、どれほど勇気がいったでしょう。

 

村田さんは今も東京・新宿に暮らし、複数のカフェを行き来しながら執筆を続けているそうです。

インタビューの最後、「今、幸せですか?」と聞かれると、

「はい! とても幸せです。私は自分の好きなものに囲まれて、これまで隠していたことを話せるようになりました。いま、私は幸せだと胸を張って言えます」

 

現実と非現実、正常と異常、愛と不在、記憶と忘却。

この対比が魅力なんだと思います。

共感ではなく、“共異”、とでもいうべきもの。

 

居場所を失ったいろいろな考えを持つ読者たちに、物語という形で「あなたの場所は、ここにある」と伝えてくれるのが村田沙耶香さんなんだと思います。

今、世界は日本文学の中に、そうした“ざわめき”の声を求めているんだと思います。■ 

 


参考)