今年の「今年の人(Person of the Year)」はテイラー・スウィフトだった。
そこで思い出したのは、10年前この栄誉を受けたのが、なんとカトリック教会のフランシスコ教皇だったこと。
彼がローマ教皇に即位してから今年で10年が経過している。
2013年12月11日のTIME誌にローマ教皇の特集記事が掲載されている。
教皇の日々の生活や、1200年ぶりの非欧州出身教皇としての重要性に光を当てていた。
「あなたたちは地球の裏側にまで探しに来ないと候補が見つからなかったのか」と言ったとか言わなかったとか。
このTIME誌の記事は詳しく教皇の一日がどんな様子なのかも伝えてくれている。
ある日の教皇(拙訳)
フランシスコの一日は祈りで始まり、祈りで終わる。 朝5時に起床し、カサ・サンタ・マルタの礼拝堂で朝のミサを捧げる前に7時まで祈る。ミサの後、朝食の前にも祈る。そして午前8時に1日が始まる。10時まで書類に目を通し、その後秘書、枢機卿、司教、司祭、信徒と昼まで会い、昼食と30分の昼寝をする。その後6時間仕事をし、夕食をとり、さらに聖骸布の前で祈りを捧げる。この時点で居眠りすることもあるが、「神の御前で眠りに落ちるのはいいことだ」と彼は言う。たいてい10時にはベッドに入る。
祈りに始まり祈りに終わる生活の中にも、ユーモアを忘れないのが現教皇らしい。世界を飛び回り人々と触れ合うことも忘れない。
「民衆の教皇」と呼ばれるゆえんだ。
ユーモアといえば、先日「クレイジージャーニー」(TBS系)という番組で、出演者の松本人志さんが、「今一番話を聞きたい人物は?」と聞かれ「難しい質問。何やろ」と少し考えて、「ローマ法王」と答えていた。
教皇のどんなところに惹かれるのだろう。松本さんらしい視点が興味深かった。
前教皇ベネディクト16世が2013年2月28日をもって辞任したことを受け選出されたのが現教皇だ。
外部の圧力を受けない自由意志での辞任は1294年の第192代ケレスティヌス5世以来で719年ぶりとのこと。
この辺りの経緯は映画『2人のローマ教皇』に詳しく描かれている。
もちろん脚色されているだろうが、二人のやりとりからそれぞれの性格の違いなども見て取れて興味深い。
https://www.netflix.com/jp/title/80174451
「私は勉学に励むことでカトリック教会が犯した罪から目を背けてしまった」
ベネディクト16世が苦悩をフランシスコに吐露するシーンが印象的だ。
この10年間の世界の変化を教皇にはどう映っているのだろう。
教皇とバチカンの役割は、ただ信仰の象徴に留まらない。歴史を通じて様々な役割を担ってきた。
そしてその計り知れない影響力は世界中に及ぶ。
IS(イスラム国)として知られるイスラム過激派が中東でその影響力を拡大していた時期、彼らが目指す地中海世界の新しい版図を示す地図がインターネット上で広まった。
この地図には、彼らが暴力を駆使して支配を広げようとする地域が示されていた。
ISが支配しようとしていたエリアの版図とされるもの
この地図を最初に目にしたとき、スペイン・ポルトガルが支配下に置かれてイタリアがきれいに触られずに残されているのが不思議だった。
中東により距離が近いのはイタリアのはずなのに。
イタリア軍がスペイン軍よりも圧倒的に防衛力に長けているとは考えにくい。
そこで、カトリックの総本山があるからだと気づいた。この半島に暮らす人々は死んでも改宗しないだろう、ということかもしれない。
バチカンの牙城はさしものISも崩せないと踏んだのだ。武力ではどうにもならないことがあるのだ。
先日、NHKで興味深い歴史ドキュメンタリー番組を見た。
昭和天皇と太平洋戦争に関わる極秘資料が最近見つかったという。
詳しい説明は上記リンクに譲るが、資料を残したのはイタリア大使などを歴任した宮内省御用掛、松田道一。
松田は天皇への国際情勢のご進講(解説)を担当していた側近だった。
その松田が残したご進講のメモが見つかった。メモを読み解くと、天皇が当時の国際情勢の中で何に関心を寄せていたのが読み解ける。
その中でも何度も言及していたのがバチカンだったという。
日本が積極的に働きかけた国が中立国・バチカンだったというのは興味深い。
実際にバチカンは世界中にネットワークがあり、情報収集能力は底知れないそうだ。
各国の諜報機関が最後に頼るのがバチカンだとも読んだことがある。
今日は思いのたけを書いてしまった。ローマ教皇とバチカンへの興味が尽きない。
どうしても行きたいのにまだいけていない国が、バチカンだ。
いつか必ずいきたい。
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(参考)
【読書】教養としての「ラテン語の授業」―― 古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流