2026年8月1日、ウクライナ東部の都市ハルキウで、ある巨大な倉庫が攻撃を受けました。最近はこうしたニュースにも慣れてきてしまって感覚が麻痺してしまっています。あらためて考えないといけないと思っています。
今回の攻撃場所に保管されていたのは、本、でした。
出版社RNK-Ranokの物流センターです。
失われた本は、約800万冊。
タイトル数にして約2万8,000。
そのなかには、およそ60万冊の学校教科書も含まれていました。出版社側によれば、多くは9月1日に始まる新学期に向けて、これから学校へ届けられるはずの本でした。
800万冊。
数字が大きすぎて、かえって実感しにくいかもしれません。けれど、60万冊の教科書、と聞くと少し違って見えます。
フランス語、ドイツ語、世界史、ウクライナ史、物理、化学、英語。
そうした教科書が、学校へ発送される直前に倉庫に積まれていたと報じられています。
そして、被害はこの一か所だけではありませんでした。
ウクライナ政府系機関のUkrainian Book Instituteは8月14日、7月から8月初旬にかけての一連のロシアによる攻撃で、国内の出版業界が約1,000万冊の本と、生産能力の大きな部分を失ったと発表しました。
同機関によれば、その規模はウクライナの年間出版量のおよそ30%に相当します。
私はこのニュースを最初に読んだとき、「本が焼かれた」という話だと思いました。
もちろん、それはそうです。
けれど、調べていくうちに、少し違うものが見えてきました。
私たちは本について話すとき、作家を思い浮かべます。
作品について話す。
編集者や翻訳者について話すこともあります。
けれど、どれほど素晴らしい原稿が完成しても、それだけでは一冊も読者のところへ届きません。
紙がいる。印刷機がいる。製本する人がいる。
倉庫がいる。在庫を管理する仕組みがいる。
本を運ぶトラックがいる。書店がいる。
そして、教科書なら、その先に学校と子どもたちがいます。
本は思想です。物語です。
でも同時に、驚くほど物理的な存在でもあります。
だから今回失われたものを「800万冊の本」とだけ呼ぶと、何か大切なものを見落としてしまう気がするのです。
壊されたのは、本そのものだけではない。
本が次の人へ渡っていくための回路です。
RNK-Ranokの施設は、単なる保管場所ではありませんでした。KnyhoLandという書店チェーンの配送センターでもあり、Ranokだけでなく、複数の出版社の本がそこから国内各地へ送られていました。
Reutersも今回の被害を、単一企業の在庫損失ではなく、戦争によって傷つくウクライナ出版産業全体の象徴として報じています。
ここで、少し考えたくなります。
文化を守るとは、何を守ることなのでしょうか。
「文化財」と聞けば、美術館の絵画を思い浮かべます。
古い建築物や、歴史的な文書を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それらは守らなければならない。
では、印刷工場はどうでしょう。
出版社の倉庫は。
書店へ本を運ぶ物流網は。
教科書を新学期までに学校へ届ける仕組みは。
それらは文化ではないのでしょうか。
おそらく私たちは、文化を「残された作品」だけで考えすぎているのだと思います。
一冊の本が文化として生き続けるためには、それを受け取る人がいなければならない。そして、その人へ届ける人もいなければならない。
作家から編集者へ。
編集者から印刷所へ。
印刷所から倉庫へ。
倉庫から書店へ。
書店から読者へ。
あるいは、学校から子どもへ。
文化は、その長い連鎖のなかを移動しています。
だからこそ、文化を壊す方法も、作品そのものを破壊することだけではありません。
それが次へ渡っていく仕組みを壊せばいい。
逆に言えば、文化を守るということも、作品を金庫へ入れて保存することだけでは足りないのだと思います。
刷れること。運べること。売れること。
教えられること。読めること。
そして次の人へ渡せること。
そのすべてが必要。
ウクライナで失われた約1,000万冊という数字の向こう側にあるのは、だから、本だけではありません。
文化は作品だけではできていない。
作品をつくり、残し、運び、そして次の人へ渡す仕組みまで含めて、文化なのだと思います。◾️
[画像省略:ロシア軍のドローン攻撃で炎上する書籍倉庫=ウクライナ・ハルキウ(2026年8月1日撮影、ロイター/Volodymyr Pavlov)]
参考情報
Ukrainian Book Institute, “Appeal to the International Community to Support Ukrainian Publishers,” 14 August 2026. (ウクライナの本研究所)
Reuters, “Millions of burnt books show how ‘war of endurance’ is hurting Ukraine,” 10 August 2026. (Reuters)
The New Voice of Ukraine, “Russian strike wipes out 8 million books at Kharkiv warehouse,” 2 August 2026. (The New Voice of Ukraine)
初出:note、2026年9月2日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文に掲載されている第三者の画像は、権利上の理由により本アーカイブでは省略しています。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n971da3c1a433
カバー画像:新学年の開始前に1200万冊の本を破壊、ウクライナの文化を攻撃するロシア https://www.bbc.com/japanese/articles/cwyzjgz9d1wo