羽ペンも、タイプライターも、カフェの片隅もいらない。

すき間時間と、明るく光るスマホ画面ひとつ。

次に来そうな大作の予感がしています。#1 New York Times bestseller。

コロナ禍のある日、アメリカの作家 SenLinYu は、自分の子どもの寝息を聞きながら iPhone のメモに物語を書き始めました。

それが後に『ハリー・ポッター』の二次創作として爆発的な人気を集め、ついには Penguin から刊行された1040ページの大作『Alchemised』へと姿を変えました。

予約殺到、映画化権は7桁(数億円)で契約。

世界的ベストセラーの原稿は買い物リストのすぐ隣に眠っているかもしれない。

 

書斎よりスマホ、孤独より通知音

「小説を書く」と聞いてイメージすると必要なのは、静かな部屋と長い時間。

でも、そんな理想の環境を実際に手にできる小説家志望者がどれだけいるのでしょうか。

仕事、育児、介護、引きも切らない通知音の洪水——

だからこそ、その隙間、隙間に物語を書けるかどうか。

最近の、特に若い世代でベストセラーとなる文学シーンを見ていて思うのは、いま、物語の地下水脈は、かつての文学サロンではなく、TikTokやWattpad、Substackのコメント欄にある、ということなのかもしれません。

たとえば、One Direction のファンフィクションから世界映画化された『After』のAnna Todd、

 

高校生のスマホ小説がNetflixで映画になったBeth Reekles、

 

Instagram詩人として世界を席巻したRupi Kaur—— 

彼女たちはみな、スマホを「ペン」や「印刷機」に変えて、「映写機」でもある道具に変えたといっていいと思います。

 

「ファンフィクションは軽い」という偏見

それでも、これらファンフィクション(二次創作)や「BookTok文学」は「本物」と見なされないことが多いようです。これは日本でも海外でも共通のようです。

けれど考えないといけないことがあります。

ギリシャの『オデュッセイア』を語り直した小説や、『アキレウスの歌』『キルケー』のような再解釈文学は、どれも既存の物語の再構築ですよね。

それなのにこういった作品は高尚で「文学的」、「創造的」と称えられる。

米国の出版界では、批判されるのはいつだって女性やLGBTQ+の書き手が多いジャンルだけ、とも言われている模様。

この不均衡はどう考えてもおかしい。

 

スマホ世代の作家は、過去のどの世代よりも正直だともいわれます。

出版社の許可を待たずに、匿名で、自由に、勇敢に書く。

元ネタががハリーポッターだろうが関係ない。

ときに過激に、ときに繊細に。

このあたりのまっすぐさも若い世代にウケている気がします。

 

「待たない人々」が動かす時代

SenLinYu はこう言っています。

「もっと人生経験を積むのを待っていたら、死ぬまで書けないと思った。」

——この一言に、いまのスマホ文学の本質がある気がするんですよね。

彼らは「待たない」んですね。

チャンスも、承認も、完璧な時間も。

ほんのすきま時間に、書きたいことを書く。

 

そして、その積み重ねが、いま世界の文学界を動かしているということなんだと思います。■ 

 

 

参考元:The fanfiction written on a notes app that’s become a bestseller – with a seven-figure film deal – The Guardian 2025. 9. 29. 

https://www.theguardian.com/books/2025/sep/29/senlinyu-harry-potter-fanfiction-alchemised-seven-figure-film-deal