均一化する世界で、細部を読む 

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2026年3月、韓国に行ってきました。
三泊四日の小旅行。グルメツアーです。
ずっと食べてました。笑。美食の国。
その間にも、いろいろと学びのある旅となりました。

金浦空港からホテルへ。
一息ついて街中に出ようと、ソウルの地下鉄に乗ったとき、電車の到着を告げる音が。
うん? 軍隊のラッパのような音。
日本の駅で流れる、あの柔らかく設計された発車メロディとは、まるで違う。
後で調べてみると、その音は地下鉄開通50周年を機に導入されたもので、「市民の生活に寄り添い、親しみを持たせるため」とのことだそう。
明るく、親しみ? 
どうしても進軍ラッパに聞こえる。
同じ用途の音が、国によってこれほど違って届く。

旅先で何かが引っかかるとき、たいていそれは小さなことですよね。

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明洞付近

街を歩けば、ZARAがある。マクドナルドがある。ガラス張りの商業施設があり、高層ビルが並ぶ。
ソウルも、東京も、その点では同じ。というかどこの都市もそう。空港も、駅も、ショッピングモールも、機能という点ではどこも同じ方向に向かっている。

昔のように、異国に降り立っただけで自動的に強い異文化体験になる時代ではないですよね。
どこを旅しても、放っておくとどこへ行っても「だいたい同じだった」で終わってしまう。

でも今回あらためて感じたのは、旅で大事なのは情報ではないということ。
今回もいろいろなところに食べに行きましたが店の評判も、街の歴史も、交通も、事前にほとんど調べられる。知識という意味では、現地に行かなくてもかなりのことがわかる時代。

それでも人が旅をするのは、その土地の空気に自分の身体をさらすためではないでしょうか。そしてそこで何を感じたかを、自分の言葉に変えるため。
感じるだけでは、まだ半分だと思うんですね。
感じたことを現地で言葉にして初めて、それは自分の思想の材料になる。
言葉にしない感覚は、すぐに散ってしまう。

今後ますます均一化していく世界では、
些細な差異を拾える人ほど、
小さな違いを感じる人ほど、
違和感に好奇心を持てる人ほど、
旅を味わえる。◾️