2026年9月11日、トランプ大統領はスミソニアンに一つの要求をしました。
国立アメリカ歴史博物館で、初代大統領 ジョージ・ワシントンの「生涯と遺産」をたたえる展示を始め、ワシントン生誕300年となる2032年まで続けてほしい。
さらに、博物館の外には高さ約9メートルのワシントン像を置き、館内にも別の像を設置するよう求めました。
これだけなら、一人の大統領を記念する展示の話に見えます。しかしReutersの記事を読むと、背景にはもっと大きな対立があります。
トランプ大統領は数カ月にわたり、スミソニアンがアメリカ史のなかで奴隷制や抑圧を強調しすぎていると批判してきました。今回も、スミソニアンは「抑圧された人々」に過度に注目する一方、「大きな困難を乗り越えた人々」には十分な注意を払っていないと主張しています。
政権はこれまで、スミソニアンへの連邦資金削減を示唆し、一部の博物館をレビューし、国立アメリカ歴史博物館を「反米的」だと批判してきました。
一方、歴史家や公民権団体は、こうした介入によってアメリカ史の重要な部分が見えにくくなると懸念しています。
ここで興味深いのは、どちらの歴史観が正しいかということだけではありません。
そもそも、博物館では誰が歴史の見せ方を決めるのでしょうか。
スミソニアンは21の博物館・ギャラリーと国立動物園を抱える巨大な文化・研究機関です。そこで何を展示するかは、単なる陳列の問題ではありません。
どの人物を大きく扱うのか。
どの出来事に説明を加えるのか。
何を残し、何を外すのか。
事実そのものを変えなくても、選び方によって、私たちが見る歴史は変わります。
博物館は、過去をそのまま置いている場所ではありません。過去から何かを選び、現在の私たちに見せる場所です。だからこそ、完全な中立は難しい。
問題は、判断が入ることそのものではなく、誰が判断し、どんな理由で選んだのかが問われるということだと思います。
今回の争いをさらに複雑にしているのは、その判断に政治権力が直接関わっていることです。
スミソニアンも公的な機関です。政治や社会から完全に切り離されているわけではありません。しかし、その時々の政権が展示の内容に強い影響を及ぼすようになれば、政権が変わるたびに「見せるべき歴史」まで変わる可能性があります。
では、民主的な統制と、博物館や歴史研究の独立は、どこで分けるべきなのでしょうか。
これも、簡単な答えはありません。
ただ、今回のスミソニアンをめぐる争いを見ると、歴史についての対立が、過去だけをめぐるものではないことがわかります。
現在の社会が、自分たちをどんな国として語りたいのか。過去から地続きの歴史をどう未来へと繋いでいくのか。
その争いでもあるように感じます。◾️
参考情報
Trump criticizes Smithsonian’s focus on oppression
Reuters, Kanishka Singh, September 11, 2026.
https://www.reuters.com/world/us/trump-criticizes-smithsonians-focus-oppression-2026-09-12/
Original publication: note, 15 September 2026 06:15 JST
Source: https://note.com/proper_clam757/n/ndd21d8074574
Image status: not imported — rights not verified; article stands without it.