2022年12月、ブラジル大統領選でジャイル・ボルソナロは敗れていました。それでも、まだ結果を認めていませんでした。

ある全体会議で国防相がフォルダーから文書を取り出し、陸海空軍の司令官に渡そうとしました。内容は、政敵ルラの当選を無効にし、ボルソナロを大統領に残すための法令案でした。

当時の空軍トップ、カルロス・デ・アルメイダ・バプチスタ・ジュニオールは、これが何の文書か知ると、受け取ることさえ拒みました。

「空軍は参加しない」

そう告げて、席を立ちました。

陸軍トップも協力を拒否しました。
後の捜査と裁判では、二人が加わらなかったことが、計画が実行されなかった大きな理由だったとされています。ボルソナロは2025年、クーデター未遂をめぐる裁判で有罪となりました。

ここまでなら、「民主主義を守った軍人」という話です。
でも、この話にはもう一つ重要な点があります。

バプチスタ・ジュニオール自身、2018年と2022年の大統領選ではボルソナロに投票していたのです。

つまり、敵にNoと言ったのではありません。
自分が支持していた側にNoと言った。

しかし、その代償もありました。
本人によれば、多くの友人を失ったと言います。軍内部から「裏切り者」と呼ばれ、家族まで攻撃の対象になったそう。

私はここに、この話の重さがあると思います。
原則を守るのは、相手側を批判するときには比較的簡単です。難しいのは、自分が投票した人、自分の仲間、自分が長く一緒に働いてきた人が、その線を越えたときです。

そのときにも同じ原則を守れるか。
ただし、バプチスタ・ジュニオールを英雄にして終わるべきでもありません。

ブラジリア大学の安全保障研究者ジュリアーノ・ダ・シルバ・コルチーニャスは、彼らがクーデターにNoと言ったことは評価しながらも、計画を知った時点で警察へ通報すべきだったと批判しています。

この指摘を入れると、問いはさらに難しくなります。
Noと言えば責任を果たしたことになるのでしょうか。
それとも、危険を知った人には、その先の責任もあるのでしょうか。

ブラジルは1964年から1985年まで軍事政権を経験しました。だから軍が政治へ介入することには、特別な歴史があります。

だからこそ、民主主義が機能するために必要とされるのは、自分の味方が一線を越えたときにそれは違うと言える人、行動できる人、なのだと思います。◾️

参考情報

The Guardian, “‘It cost me many friendships’: former Brazil military chief reveals inside struggle to stop Bolsonaro’s coup,” 5 September 2026.

Carlos Baptista Junior, Eu Disse Não! — Uma Trincheira Antigolpista, Autêntica, September 2026.

Reuters, “Brazil’s Bolsonaro guilty of coup charges, court majority decides in landmark trial,” 11 September 2025.


初出:note、2026年9月16日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年9月23日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n7e047a3f5cc3

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