AIを使って文章を書くことに、まだ少し後ろめたさを感じますか?
自分で一字ずつ書かなければ、「自分の文章」とは言えないのではないか。AIに手伝わせた瞬間、何か大切なものを失うのではないか。
私も、この問いについて何度も考えてきました。
そんな中、作家で起業家のNicolas Coleが興味深いことを書いていました。
世の中の文章のかなりの部分は、誰が書いてもそれほど変わらないんだと。
「顧客を理解することがマーケティングでは重要だ」
「リーダーは模範を示すべきだ」
「健康のためには運動した方がいい」
どれも間違ってはいませんね。でも書き手の名前を消したら、誰の文章なのか分かりません。AIが最も得意なのがこの領域だといいます。つまり、一般的な知識を集め、整理し、分かりやすく説明することはもうAIが人間より速く、大量にできる。もうここはAIの領域と見定める。
だとすれば、人間がAIと同じことを競う意味は薄くなります。
では、人間は何を書くのでしょうか。
Cole の答えは、自分しか持っていない経験や、体感です。
どこで育ったのか。何を見たのか。誰と会ったのか。何に失敗したのか。そのとき何を考え、後になってどう考え直したのか。
AIは世界中の本や記事について説明できます。
しかし、私が昨日ある人との会話で感じた違和感は知りません。ある出来事を十年前には嫌な経験だと思っていたのに、今では違う意味に見える。そんな変化も、私が言葉にしない限りAIは知りようがありません。
ここに、人間が書く意味があります。でも自分のことをたくさん書けばいい、という話ではありません。
大切なのは、その考えがどこから来たのか。
そして、なぜ自分はそう判断したのかです。
経験そのものより、
「私はこれを見て、こう考えた」
という部分に、その人が現れます。
だからAI時代に必要なのは、文章をすべて自分の手で書くことではないのだと思います。一度十分に説明した一般論を、毎回ゼロから書き直す必要はありません。そこはAIに任せてもいい。
その代わり、人間はまだ言葉になっていないものに時間を使う。
実際に見る。
人と話す。
違和感を覚える。
失敗する。
考えを変える。
新しい問いを持つ。
そして、それを言葉に残す。
さらに、その作業を長く続けていると、ときどき別々に見えていたものの間につながりが見えてきます。
経験と経験。
本と現実。
昔の出来事と、今起きていること。
そこで初めて、自分なりの新しい考えが生まれる。
AI時代に人間が目指すべきなのは、おそらくここなのだと思います。
私は最近、書いた文章を見るときに一つの問いを置くようにしています。
自分の経験と判断を取り除いたら、この文章は誰が書いても同じものになるだろうか。
もし答えが「はい」なら、まだ弱い。
情報はある。しかし、生きた書き手がそこにいない。
AI時代に問われるのは、「AIを使ったかどうか」ではなくなっていく。
もっと大切なのは、
その文章の中に、あなたにしか持てない材料と判断があるか
ということだと思います。
人間にしか作れない材料を人間が作り、それを整理し、広げるところでAIに働いてもらう。私は今のところ、それがAIと文章を書く一番自然な形だと思っています。◾️
参考情報:
Nicolas Cole「The Right Way To Write With AI」
The Art & Business of Writing, 2026年9月7日
Original publication: note, 17 September 2026 06:11 JST
Source: https://note.com/proper_clam757/n/nf1f289d39c88
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