コプチャンという料理を初めて食べにいきました。
韓国語で牛や豚の小腸を指す言葉で、日本でいうところの「ホルモン焼き」。
つけて食べるタレが日本のとも違ってこれもとてもおいしい。少し酸っぱめ。
途中、鍋の中の食材を、店員がハサミで切り始めました。
家庭用のハサミのようでした。躊躇なく。チョキチョキと。
なるほどー、と唸る。
日本ならハサミで食材を切るなんて、と見栄えが気になるかもしれない。
だから食材をお客の前で切るとき、そもそもこのハサミを使おうとつながらない気がします。
でも、調理しやすければいい、食べやすければいい、そして、うまければいい。
コプチャンの鉄板の真ん中に食パンが差してある。
食べるのかなと思ったら余分な油を取るためだったみたい。

これを合理性と言い切ってよいのかわからないけど、あまりにも自然な動作として目の前にあって、実際とても便利だし、従業員フレンドリーでもある。
たしかに別にハサミでもいいじゃん。
豚肉のおいしさ
旅の間はずっと豚肉が美味しかったです。
脂がしっかりしていて、それでいてしつこくない。
品種なのか、育て方なのか、焼き方なのか。
箸が止まらない。
こういうときにChatGPTの説明がありがたいです。
いろいろ説明してくれるのですが、韓国では豚そのものの質だけではなく、豚をおいしく食べる文化の醸成が大きいということらしいです。

まとめると、うまい理由は三つ。
まず、脂。韓国の豚は、日本の豚よりも脂の甘みや厚みを強く感じられるといいます。
品種や飼育の違いもあるでしょうが、少なくとも食べる側は、「脂のうまさ」をはっきり楽しめる。
次に、豚の食べ方が荒々しくみえて洗練されている。
サムギョプサルは、豚バラという脂の多い部位を、ただ焼くだけで終わらせない。焼き加減、切り方、塩、ごま油、にんにく、サンチュ、キムチまで含めて、一つの完成された食べ方になっている。流れとセットで、豚の強さを引き出す仕組みがある。
そしていちばん大きな理由は、韓国は豚を食文化の主役にしてきた国であるということ。
もちろん日本でも豚肉は食べます。でも韓国ほど「豚を焼いて食べること」に文化全体が染まってない。
韓国は豚のみで勝負する店がたくさんあって、しかもそれが高級店として成立している。
このあたり、この国の豚肉文化の強さがその本気度に表れている気がしました。
品種だけでも、調理だけでもなく、豚を主役にする国の総合力。
型を壊して、磨く?
市場を歩いていても、いろいろ気づくところがあります。
たべものも量が多い。色が濃い。組み合わせが自由。
日本なら「少しやりすぎではないか」とひるみそうな組み合わせが、こちらでは平然と並んでいる。
チーズと鶏肉。唐辛子と肉、チーズ。セリと豚肉。唐揚げとビールだけの専門店。
そして、その雑然さや過剰さや組み合わせはこっちから見るといつもかなり掟破り。
でもそのできあがりはいずれもめちゃくちゃ美味しい。

そういえば、韓国では、お椀を手で持って食べることが許されない。
日本では逆に、お椀を持たずに食べるのは行儀が悪いとされます。
こんなに近い国同士で、正反対の作法が定着している。金属の食器を使う韓国と、木製の器を使う日本。
まったく異なる設計思想が、それぞれの食卓に根を張っている。
型を受け取り、極限まで洗練させていくのが日本だとすれば、型を破って再編集し、新しいものを作っていくのが韓国、なのかもしれません。
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p id=”BEFE1210-081C-4ED3-B0B8-77664CFEDE1F”>もちろん、私は今回は2回めの訪問で、旅行者の印象に過ぎません。ただ、細かい違いが何かを象徴していた気がするんです。
もちろんどちらが正しいという話ではないです。
ただ同じ東アジアに、これほど異なる設計思想が並んでいる。
その目の前の事実がとにかくおもしろかったし、愛おしかったです。◾️