不可欠でありたいという誘惑について
「私がやった方が早い」
「私しかこの顧客を知らない」
「私が確認しないと危ない」
職場でこうした言葉を聞いたことがある人は多いと思います。リーダーの方なら一度や二度は感じたことがあるのではないでしょうか。
実際、こう思う人はたいてい優秀です。
責任感があり、経験もあり、周囲から信頼されている。
だからこそ、組織はその人に頼ります。
そして本人もまた、その期待に応えようとします。
一見すると理想的な話です。
しかし最近、「心理的安全性」の概念で知られるハーバード大学のエイミー・エドモンドソン先生自身のLinkedinで紹介されていた、Nicola Chighine というイタリアのコンサルタントによるリーダーシップ論を読んでいて、少し考えさせられました。
元記事はこちらです。
The vanity trap in leadership: when thr manager believes himseld to be indispensable
もしかすると、
「私がいないと回らない」
という状態は、
優秀さの証明ではなく、組織の脆さの証明なのではないか?
そんな問いです。
不可欠であることの快楽
人は必要とされることを好みます。
頼られる。
相談される。
感謝される。
それは自然な欲求です。
問題は、その欲求が知らないうちに組織運営に入り込むことです。
気づけば、
自分が判断する。
自分が承認する。
自分が修正する。
自分が解決する。
そうして組織のあらゆる重要な機能が、一人の人間に集まっていきます。
本人は責任感からやっているつもりかもしれません。
しかし結果として起こるのは、周囲の成長の停止です。
やっぱり人は任されなければ育たないんですよね。
実際に決断しなければ判断力は身につかない。
失敗する機会を与えられなければ、自律性も生まれない。
リーダーが強くなるほど、組織が弱くなる。
そんな逆説が起きるのです。
なぜ手放せないのか
興味深いのは、この問題が能力不足から生じるのではないことです。
むしろ逆です。
優秀な人ほど陥りやすい。
なぜなら長年、
「問題を解決する人」
として評価されてきたからです。
「頼られる人」
「最後に責任を取る人」
「いなくなると困る人」
そうした役割は、やがてその人のアイデンティティになります。
すると奇妙なことが起きます。
組織のために頑張っているつもりが、
いつの間にか、組織が自分を必要とし続けることを望むようになる。
もちろん意識的ではありません。
しかし人間には、
自分の価値を確認したいという欲求があります。
不可欠であることは、その欲求を満たしてくれます。
完璧主義という名の虚栄心
Chighineは興味深い表現を使っています。
「完璧主義は、洗練された虚栄心である。」
少し厳しい言葉です。
でも、考えさせられます。
私たちはしばしば、
「品質のため」
という理由で介入します。
しかし本当にそれが理由でしょうか?
両者は必ずしも同じではありません。
完璧さを追求するあまり、他者の成長機会を奪ってしまう。その瞬間、完璧主義は組織への貢献ではなくなります。
その仕事を他者に任せられない理由は、
品質へのこだわりなのか。
それとも、
自分のやり方が最も正しいと信じたいからなのか。
リーダーシップの逆説
記事の中で最も印象的だった一節があります。
良いマネジャーとは、自分がいないと何も機能しない人ではなく、自分がいなくても機能する仕組みを作った人である
これを読んで、リーダーシップの本質を言い表していると思いました。
リーダーシップとは、自分の存在感を大きくすることではない。自分がいなくても、人々が考え、協力し、意思決定できる状態をつくることです。
影響力とは、自分の存在を拡大することではなく、自分の不在に耐えられる仕組みを残すことなのかもしれません。
まとめ
もし明日から一か月、自分が完全にいなくなったら。
組織はどうなるでしょうか。
その問いは、組織の強さだけでなく、リーダーシップの成熟度も映し出します。
私たちはしばしば、
「余人をもって代えがたい人材」
を理想として語ります。
しかし組織という観点から見るなら、本当に優れたリーダーとは、自分を不可欠にする人ではありません。
自分がいなくても、人と組織が前に進める状態を残せる人です。
不可欠であることは魅力的です。
しかし成熟したリーダーシップは、おそらくその誘惑を手放すところから始まるのだと思います。◾️
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初出:note、2026年6月12日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/ndb6c7852215f