スウェーデンでは2026年、移民が自発的に国外へ移る際に受け取れる支援金が大幅に引き上げられました。

成人1人なら最大35万スウェーデンクローナ。日本円で約560万円です。夫婦なら最大50万クローナ(約800万円)、世帯なら60万クローナ(約960万円)まで受け取れます。

制度そのものは新しくありません。スウェーデンには1980年代から、自発的に帰国する人を支援する仕組みがありました。今回、大きく変わったのは金額です。

政府は、スウェーデン社会に十分な生活基盤を築けなかった人が、出身国などで新しい生活を始めるための制度だと説明しています。もちろん強制送還ではありません。対象になるのは、スウェーデンに合法的に住む権利を持ちながら、自分の意思で国を離れる人たちです。

それでも、この政策には考えさせられるものがあります。

Reuters がストックホルム郊外のSätraを訪れると、コミュニティセンターでは十数人の移民がコーヒーを飲みながらスウェーデン語を練習していました。スーダンから来た女性。ウクライナから来た人。タリバンから逃れたアフガニスタン人。中国の反体制活動家。彼らは、ここで暮らすために言葉を学んでいました。

その一方で、スウェーデン民主党は街を走るバスに、こんな選挙広告を出しました。
「Mogadishu が恋しいですか?」
モガディシュはソマリアの首都です。
広告は、帰還支援金を使って母国へ戻るという選択肢を訴えるものでした。

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ここは区別しておく必要があります。広告を出したのは政府ではなく、移民抑制を強く主張するスウェーデン民主党でした。広告に抗議して、ソマリアにルーツを持つ約20人のバス運転手が病欠し、交通事業者は広告を撤去しました。

この二つの光景を並べると、現在のスウェーデンが抱えている難しさが見えてきます。一方では、ここで暮らすために言葉を学ぶ人がいる。もう一方では、帰るためのお金が用意されている。

もちろん、この二つは直接矛盾はしません。
ここで暮らしたい人を支援することも、帰りたい人を支援することもできます。

しかし、政策には二つの側面があります。
何をするか。そして、それが、そこに暮らす人にどう聞こえるか。

語学教育や職業訓練なら、
「ここで暮らせるようになってほしい」
と聞こえるでしょう。

では、
「帰るなら約560万円を出します」
という制度は、どう聞こえるでしょう。

ある人には、人生をやり直すためのありがたい選択肢かもしれません。別の人には、「あなたがここを去ることも、私たちは歓迎しています」と聞こえるかもしれません。政府の意図と、受け取る人が感じる意味は同じとは限りません。

しかも、実際に制度を利用した人はまだ多くありません。Reuters によると、2026年に制度を利用したのは記事掲載時点で171人でした。35万クローナという大きな金額に比べれば、驚くほど少ない数字です。

だから、この政策を単純に「移民を追い出す政策」と呼ぶのも正確ではありません。むしろ私にとって興味深いのは、利用者の数以上に、この制度が社会にどんなメッセージを発しているかです。

移民政策では、私たちは数字を見ます。
何人受け入れるのか。
何人が帰国するのか。
いくら費用がかかるのか。

しかし、その数字だけでは見えない問いがあります。

人は、いつからその国の「客」ではなくなるのでしょう。

5年住めばいいのか。10年でしょうか。
移住先の言葉を話せればいいのか。
働いて税金を払えばいいのか。
国籍を取れば終わるのでしょうか。

おそらく、そんなに簡単定義できるものではありません。国家は、人を受け入れるときだけでなく、帰るという選択肢を示すときにも、その人との関係を語っているのだと思いました。◾️

参考情報

  • Swedish Government — “Substantially increased repatriation grant”⁠2026年1月13日

  • Reuters — “As election looms, Sweden’s government is paying immigrants to leave”⁠2026年9月8日。

  • Sveriges Radio — 「Mogadishuが恋しいですか?」バス広告の実物写真


Originally published on note on 2026-09-24 05:23:11 JST.

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