(昨日、投稿ペースを落とすと書いたばかりですが…
お付き合いください) 帰還とは何か——『オデュッセイア』を読む|Fabio Caipirinha(ファビオ・カイピリーニャ)|note ホメロスの『オデュッセイア』を、怪物と冒険の物語としてではなく、帰還、記憶、家族、老い、そして変わってしまった自己の物語と note.com 2017年、古典学者エミリー・ウィルソンは『オデュッセイア』の英訳を出版しました。 冒頭は、こう始まります。

“Tell me about a complicated man.”
「ある複雑な男について、私に語ってほしい」

 

英雄でも、偉大な戦士でもない。
「複雑な男」です。 この訳は大きな反響を呼びました。
そして2026年、クリストファー・ノーランが『オデュッセイア』を映画化します。ノーラン自身も、ウィルソン訳から影響を受けたと語っています。 そして映画は大ヒット。
今月から日本でもすごいことになってます。
世界での公開初週末の興行収入は2億6400万ドル。
英国では映画公開後、『オデュッセイア』の紙の本の売上が前年同期比で1400%増になりました。 3000年前の物語が、突然またベストセラーになってるんですね。 ところが、その立役者の一人であるウィルソンが、意外なことを始めています。自分の『オデュッセイア』を、最初から全部訳し直しているのです。

成功した訳を、なぜやり直すのか

これは2017年版の手直しではありません。
ウィルソン自身が「完全な再翻訳です」と説明しています。すでに半分くらい進んでいるのだとか。 理由の一つは、9年前とは翻訳の考え方が変わったことです。以前は、原文をできるだけ引き締まった英語にすることを重視しました。しかし今は、もう少し行数を使い、言葉の長さや物語の速度に幅を持たせようとしているといいます。 以前の訳への反省もあります。
たとえば古代ギリシャ社会には、異なる立場に置かれた隷属者がいました。しかし2017年版では、それらを英語の “slave” という一語にまとめすぎた。今なら、もっと細かく違いを表現できると考えています。 そして、いかにも学者らしい変更もあります。
巻末注を約4倍にする予定だそう。本人いわく、注を書いていくのは「本当に楽しい」。 ちなみに、あの有名な冒頭の、 “Tell me about a complicated man.” は「おそらく」残すつもりだと話していました。 全部を壊すわけではない。
残すものと、捨てるものをもう一度選び直すのです。

ノーラン監督にも容赦がなかった

さらに面白いのが、映画をめぐる騒動です。
自分の翻訳から影響を受けたノーラン版の映画について、ウィルソンはかなり辛辣でした。 脚本を「ひどい」と批判し、登場人物の動機にも説得力がないと指摘。さらに、「セックスシーンがないし、食べ物も全部まずそう」とまで評しています。 「この脚本のどの部分でも、もし自分が書いたものだったら恥ずかしい」とまで述べたため、作家ジョイス・キャロル・オーツからは「高慢だ」と批判されました。 でもウィルソンが再翻訳を始めたのは、ノーラン作品を批判する前です。映画が気に入らなかったから訳し直すわけではないんですよね。そういう意味では、彼女が本当に向き合っているのは、2017年の自分自身と言えるのかもしれません。

翻訳には「完成」がない

今回の彼女の行動は、翻訳の本質をよく表している気がします。同じギリシャ語を読んでいるのに、9年前には見えなかった違いが見える。 だから訳が変わる。 英文学者・翻訳研究者のオックスフォード大学のマシュー・レイノルズ教授もGuardian紙に、文学翻訳とは、

単純に「正しい・間違い」で決まるものではなく、解釈し、作り直し続ける営み

 

と説明しています。 過去にも、自分の翻訳を大きくやり直した作家や翻訳者はいました。それでも、世界的に評価された作品をわずか9年後に、最初から訳し直すという決断は面白い。ふつうは成功したものほど、守りたくなりますよね。ウィルソンは逆を選びました。

同じイタケーには帰れない

考えてみれば、これは『オデュッセイア』そのものに似ています。オデュッセウスは長い旅の末、故郷イタケーへ帰ります。故郷の島は同じです。 でも帰ってきた男は、旅に出たときの男ではありません。ウィルソンも今、同じ『オデュッセイア』へ戻っています。ホメロスの言葉は変わっていません。変わったのは、読む人、訳す人です。 こういうことがあるから古典は古くならないのかもしれません。同じ本に戻るたび、そこに別のものが見える。 そう考えると、古典とは昔の答えを保存する本ではない。今の自分がどこまで変わったかを映す鏡、なのかもしれません。◾️ P. S. こちらからシリーズを読むことができます👇 帰還とは何か——『オデュッセイア』を読む|Fabio Caipirinha(ファビオ・カイピリーニャ)|note ホメロスの『オデュッセイア』を、怪物と冒険の物語としてではなく、帰還、記憶、家族、老い、そして変わってしまった自己の物語と note.com #オデュッセイア

参考情報

Emily Wilson to retranslate the Odyssey from scratch Wilson, whose 2017 English translation of Homer’s epic poem i www.theguardian.com


Originally published on note on 2026-09-19 07:26:21 JST.