映画評って基本的に「最後まで観た人」のものですよね。
ラストまで見届けて、そこから評価をまとめる。もちろん、それが王道。
でも前回も書いた通り、ちょっとだけ観てやめてしまうときもある。
なんか合わない、そのことも書いていいはず。
立派な映画「評」。
さらに思ったのは、映画ってもっと手前から始まっているとも思うんです。
観る前。予告。タイトル。レビューを読んだ瞬間。
「あ、これ自分に合う匂いがする」と思った、その時点。
たとえば最近、まだ観ていないのに気になってる作品があります。2026/1/27 初公開。
『The Only Living Pickpocket in New York』。
ニューヨーク唯一の生き残りスリ。
設定勝ちしてますよね。
哀愁。街並。人種の坩堝。老若。
スマホを盗むスリが主人公なのに、本人はスマホを持たないらしいです。
この一行だけで、世界が立つ。
しかも舞台はニューヨーク。古い手触りが似合いすぎるんです。
Guardian のレビューによると、この作品は「昔と今の差」に取り憑かれていると手厳しい。
デジタルに追いつけない年長者。それを横で見て、目を回す若者。
評者は「そのテーマ、ちょっと説明しすぎ」と言っています。でも、その“古さ”がむしろ武器になっているとも。ふむふむ。
とすると、70年代の犯罪スリラーみたいに、キャラクターで引っ張るタイプなのかも。尺も88分で短い。
こういうの、最近は逆に貴重ですよね。映像作品って、配信がメインになってきててどんどん長くなる傾向があるから。
この映画でおもしろそうと思ったのが、
主人公が、Google Mapsなしで街を移動する、ということ。
考えてみると、いまの都市は地図がないだけで急に怖くなりますよね。
道に迷う。時間が狂う。焦る。人に聞く。
その全部が、映画になる。
主演はジョン・タトゥーロ。
落ち着いてて、ちゃめっ気があっていいんですよね。どんな役もできる。古い作品だけど『ビッグ・リボウスキ』のときなんてキャラクターだけで勝ってます。
今作のレビューは「久々に良い主演の役」と言っています。作中、娘との再会シーンが効いているんだと。
一方で脚本のひねりは、賢いというより作為的で、終盤の大物俳優のカメオも少し浮くと。
とすると、思ったのは、たぶん私はこの映画を「新しさ」で観ない、ということです。
むしろ古い手触りを確認しに行く。
スマホを持たない男が、まだニューヨークにいるのかどうかを見に行く。
自分がニューヨークに行くことがあったら汗をかきながらスマホを握りしめてるだろうから。
映画の面白さって、観終わった後だけじゃない気がします。観る前の段階にも、ちゃんとある。
いま、ここ。
観たらまた書きます。
観なかったとしても、それはそれで書くかもしれません。
だってその「離脱の瞬間」も私たちのリアルな映画体験だとおもうので。▪️