前回に続いて、ジャーナリングについて。
こちらが Tim の実際のモーニングジャーナル(朝の日記)の写真です!
本当に頭に浮かんだことをポツポツ書いてるだけ、という感じです。
これでいいんだな、と思いました。
最近、習慣定着について書いたところですが、この朝書くという習慣も一つ目標にしようと思っていたので、めちゃくちゃ参考になりました!

日本語訳をつけてみました。
12月28日(日)ニューヨーク
朝7時半に起きた。みんなより早い。気分がいい。
日曜日だから、ゆっくりしていいと思える。たぶんそれが、気分がいい理由なんだろう。月曜や火曜だって、何がそんなに違うんだ?
どうせ誰かは待っている。待たせておけばいい。人って面白い。働いて、狙って、必死に頑張って、「自分が他人を待たせる側になる」地点を目指す。逆じゃなくて。――『ゲット・ショーティ』の出番だ。
ところが、いざその“憧れの地点”に到達すると、(多くの場合、もっともな理由で)次から次へと大勢の人がドアを叩き続ける。
それが、ただの下っ端(※peon:末端の小物、平社員)だった頃より、はるかに大きなストレスになる。理由は何だ?
流入(連絡・依頼・案件)が100倍に増えるせいで、「自分の意思で動いている」という感覚――自分で方向を決める自由意志の感覚が薄れるからか?
誰かが用意したビュッフェから、ずっと選ばされている感じ。自分で料理しているんじゃなくて。それとも、守りに入らなきゃいけない気がするからか。
時間、お金、人間関係、空間……自分が持っているものを防衛して、守らなければいけない、と。攻め続けること、仕掛けること、攻撃することで「勝ってきた」人間にとって、
守りのゲームをすることは、自分の核――自分という存在の中心と衝突してしまう。
【終わり】
ぜひ参考にしたいですね。▪️
参考元: What My Morning Journal Looks Like
https://tim.blog/2015/01/15/morning-pages/