またとても興味深い対談を聞きました。

今回も David Perell の How I Write からです。

ゲストは現代アメリカの文壇を代表する作家、ジョナサン・フランゼンで、ここでロングインタビューを見ることができます。

 

コレクションズ』『フリーダム』『ピュリティ』『クロスロード』などで知られるフランゼンは、メディアからはよく「シリアスな大作家」の代表のように語られます。

 

実際、2010年にはTIME誌から「Great American Novelist」と評され、表紙を飾ったことも。

 

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https://time.com/archive/6597465/jonathan-franzen-great-american-novelist/

かなり前に彼の作品を読んだことがありますが、難しく、結構気合を入れて読んだ記憶があります。

でも、今回本人が話している創作の秘密は、意外なほどシンプルで、そして徹底して「読者の快楽」と「キャラクターのリアリティ」に向いていました。

この記事では、その対談から特に刺さったポイントを、小説や物語を書く人向けに、日本語で整理してみます!

 


1. 物語は「小さくて笑える問題」から始まる

フランゼンは自分のことを「キャラクターの小説家」だと言います。

その中心にあるのが、こんな発想です。

主人公のための「たった一文の問題」を見つける。

しかもその問題は、

・世界を救う話でも

・核爆弾の発射コードが盗まれる話でも 

ある必要はありません。

 

むしろフランゼンが好むのは、笑ってしまうくらい小さな問題 だといいます。

  • 「絶対に飛行機に乗りたくない人を、どうしても乗せたい誰かがいる」

  • 「どうでもいいように見えるこだわりに、本人は命がけで執着している」

 

外から見ればくだらない。

でも本人にとっては死活問題

このギャップそのものが、もうすでにコメディであり、ドラマの種になるといいます。

そして一度「この人は何を欲しがっていて、それに何が邪魔をしているのか」がはっきりすれば、あとは自然に場面が立ち上がってくる、のだと。

 

◇ポイント 

  • まず「キャラの人生最大(に見える)くだらない悩み」を一文で書いてみる 

  • その願望を邪魔する人・状況を、2〜3個ぶつけてみる 

  • 経歴や見た目より先に、「欲望と障害」を描く 

キャラクターの履歴書を埋める前に、たった一文の「小さくて笑える問題」を本気で考える。

これだけで、キャラが急に動き出す感覚が生まれるだろう、といいます。

 


2. 「笑えない主人公」は、読者をしんどくさせる

フランゼンが何度も強調していたのが、「笑い」と「距離感」です。

シリアスだからといって、笑ってはいけないわけじゃない。
むしろ、笑えないシリアスはどこか信用できない。

彼が警戒しているのは、こんなタイプの物語です。

  • 作者自身が「被害者」意識を強く持っている

  • 主人公も「私は良い人なのに、悪い人たちにひどい目に遭わされた」と感じている

  • 物語の構図も「善い被害者 vs 悪い加害者」に固定されている

 

こうなると、その小説は同じ種類の被害感覚を持つ人にしか届かなくなる

「私もひどい目に遭った」という読者には刺さるけれど、そこが限界です。

フランゼンが好きなのは、もっと意地の悪い、でも正直な前提です。

  • 誰も100%善人ではない

  • 誰も100%悪人でもない

  • 自分の主人公を、どこかおかしく、どこか滑稽な存在としても眺める

 

だからこそ、作者自身が主人公を笑えることが大事だと言います。

登場人物が自分では深刻に悩んでいるのに、読者側は「いやそれ…」と苦笑いしてしまう。

その「距離」があるからこそ、物語が呼吸を始める、ということなんですね。

 


3. 「トラウマ吐き出し」と小説の決定的な違い

インタビューの中で出てきた、今っぽいキーワードが「トラウマ・ダンピング*(trauma dumping)」です。

⇒トラウマ・ダンピング:相手への配慮や適切なタイミング、関係性を考えずに、自分の過去のつらい経験(トラウマ)や深刻な悩みを一方的に、大量に打ち明けてしまう行為で、聞き手に精神的な負担(圧倒されたり、消耗させられたりする)を与えてしまうこと

 

フランゼンの整理はこうです。

  • 辛い体験をそのまま書き出すことは、たしかに救いになるし、同じ経験をした人の慰めにもなる

  • でもその多くは、「世界の不公平さ」に対する自分視点の訴えにとどまる

  • そこには「作者」「読者」「キャラクター」の三角関係が生まれにくい

 

フランゼンが目指しているのは、次のような関係です。

  • 書き手としての自分 

  • 目の前の読者

  • そして、その二人が一緒に観察する「キャラクターたち」

 

つまり、「読者と一緒に、いろんな人間の惨めさやおかしさを眺める側」に自分を置く。

それによって、作者と読者は同じ側の観客席に座ることになります。

このとき重要になるのが、自分の恥をどう扱うかです。

フランゼンはこう言います。

  • 書いていて「ここは恥ずかしすぎる」と感じる場所が必ず出てくる

  • そこから逃げようとして、わざと過激・グロテスクな方向にねじ曲げてしまうことがある

  • すると今度は「自己嫌悪を書き殴っただけ」のような文章になる

この袋小路から出るためのテクニックは存在しない、と彼は断言します。

必要なのは、自分の恥そのものへの内省

  • そもそも、なぜそこまで恥ずかしいのか

  • 今回の作品で、本当にそこまで踏み込む必要があるのか

  • それとも、別の角度から見れば「笑い」に変えられるのか

 

フランゼン自身、『コレクションズ』執筆中に、自分の強烈な恥の感覚と向き合い、半年近く書けなくなった時期があったそうです。

最終的には、「その恥そのものを、徹底的に可笑しいものとして描く」ことで突破したと語っています。

まとめると、

  • 「そのままのトラウマ」を出すだけでは、小説にはならない

  • 自分の恥を一度「客席」から見直すことで、初めてキャラクターに命が宿る

  • 読者と一緒に笑えるところまで持っていけるかが勝負 

 


4. ディテールは、実は「2文」で足りる

フランゼンの話の中で、実務的で刺さったのがここです。

長編小説でも、天気の描写に使う行数はトータルで1ページに満たない。
モブ的な脇役なら、本当に必要な描写は2文で足りる。

ただし、その2文を見つけるために、作家は50文くらい書いて、48文を捨てる

若い書き手は、とにかく「見たもの全部を書こう」としてしまう。

「ドアに歩いていって、ノブをつかんで、回して、開けて…」と、行動を逐一なぞってしまう。

 

フランゼンが若い書き手に必ず勧めるのは、この2つの問いです。

  1. この一文は、本当に必要か?

  2. もっと短く、強く言えないか?

 

さらに、彼には「クリシェ* は1冊に1個ルール」があります。

⇒ クリシェ:「使い古された決まり文句・表現」を指す言葉

  • 「シートのように真っ白」「ネズミのように静かに」的な決まり文句

  • ありきたりな状況・感情・展開そのものも、広い意味でのクリシェ

 

フランゼンは、2個目のクリシェを見つけた時点で、その本を読むのをやめると言います。

どれだけ賞を取っている作家でも容赦しない。

理由はシンプルで、

「その言い方、借り物だと自覚した? それを別の表現に言い換えようと、20分でも悩んだ?」

と、書き手に問いかけたとき、「いや、そこまで考えていないだろう」と感じてしまうから。

怖いですね。

借り物の言葉は、借り物の感情とセットになっている

だからこそ、クリシェは物語の「 vivid な夢」を壊すノイズになる、と彼は言います。

 


5. 「完全なアウトライン小説」は、なぜつまらなく感じられるのか

物語の構成についてのフランゼンの姿勢も、なかなか過激です。

あまりに完璧に設計された本は、読んだときも
『あまりに完璧に設計された本』にしか見えない。

もちろん、全くのノープランで書くわけではありません。

彼は「どこに着地するか」のイメージは持っている。

でも、

  • 途中の道筋が最初からガチガチに決まっている本

  • 細部までアウトライン通りに書かれた本

には、どこか「安全運転の既製品」感が漂うと言います。

 

フランゼン自身の理想は、

「ゴール地点の方向は見えている。
 でも、どの道を通ってたどり着くかは、まだ霧の中。」

その霧の中を進みながら、「自分でも驚く展開」を探し続けるプロセスこそが、読者にとっての驚きを生む。

そして、その探求のカギになるのが トーン、だとしています。

  • 皮肉っぽい声なのか

  • 深刻そうでいて、どこか笑いを誘うのか

  • ナレーションが、どのくらい主人公に寄り添っているのか/突き放しているのか

 

フランゼンは、毎朝まず前日書いた200ワードほどを、「今すぐ掲載できるレベル」まで磨き上げてから先に進むそうです。

その過程で、

「あ、これがこの本のトーンだ」

という一文、一段落を見つけた瞬間、物語が一気に走り出す。

ヒップホップの即興で、「フック」を見つけた瞬間に一気にノる感覚に近い、と彼は言います。

 


6. 中流の、地味な人生から「極端さ」を掘り出す

フランゼンが描いてきたのは、基本的に中産階級の人々です。

特別に波乱万丈な人生ではない。

では、そんな人たちの物語を、どうやって「極端」にしていくのか。

彼の答えは、

  • どこか精神的に不安定な部分 

  • 強迫的なこだわり  

  • 一見ささいな恋愛感情や嫉妬

 

といったスイッチを、意識的に「振り切る」ことです。

  • 「隣人へのどうしようもない恋心」が、4ヶ月、5ヶ月と続く

  • 普通なら諦めるか、何となく終わってしまうはずなのに、引き延ばされる

  • その間に、日常生活の「仮面」がどんどん剥がれていく

 

そうやって、中流の、平凡な生活の内部から、極端な感情を掘り出す

ここに、フランゼンの「静かな過激さ」があります。

さらに彼は、現代についてこんなことも言っています。

  • デジタル以前、人は「静かな絶望」の中で生きていたけれど
    人生のどこか一カ所に「本当にすべてが動きうる瞬間」があった

  • 短編小説は、その瞬間だけを切り取って描くのに最適な形式だった

  • しかし今は、一日24時間、スマホで気を紛らわせることができてしまう

 

だからこそ、彼は家族に戻っていきます。

SNSをミュートできても、親や兄弟、パートナーとの関係はミュートできない。

どんな読者にも、何らかの「家族経験」がある。

人々が人生をかけて避けようとしてきたような状況に、

無理やりキャラクターを追い込むのが、自分の仕事だ。

フランゼンはこう言います。

 


7. 「楽しみのために書き、楽しみのために読む」というラディカルさ

若い頃、フランゼンは「小説で世界を変えたい」と思っていたそうです。

社会的不正を暴き、人々の意識を変える——そんな文学の役割を信じていた。

中年になると、小説を「究極の孤独解消装置」として見るようになった。

100年前の作家と、ページを通じて意識がつながるあの感覚。

そして今、彼が行き着いているのは、もっとシンプルな場所です。

「快楽のために書き、快楽のために読む。」

もちろん、その「快楽」は浅いものとは限りません。

難しい言葉遣いや、あまり使われない文構造を使うこと自体も、フランゼンにとっては「遊び」であり、読者への「贈り物」です。

 

彼にとっての危険信号はたった2つ。

  • 「この部分に、ユーモアが見つからない」

  • 「これを書いていて、全然楽しくない」

 

政治的立場や、文学の社会的使命感よりも前に、「これは読者と自分にとって、ほんとうに楽しいか?」を問う。

 

すべてが「立場」や「正しさ」を求められる今の時代において、単に「楽しさ」だけで小説を書くことは、逆説的にとても政治的な態度でもある——

フランゼンの話を聞きながら、そんなことも感じました。

 


8. フランゼン流・キャラクター小説のチェックリスト

最後に、私が自分用にメモしたチェックリストを共有して終わります。

 

◎キャラクター設計

  • 主人公の「小さくて笑える問題」を一文で言えるか

  • その願望を邪魔する他者・状況は、2〜3個明確か

  • 主人公を「被害者」としてだけ見ていないか

  • 作者として、その主人公をどこかで笑えるか

 

◎自己との距離

  • 書いていて異常に恥ずかしい部分から逃げていないか

  • その恥を、別角度から「可笑しさ」に変換できないか

  • トラウマを「そのまま」出していないか(変形させているか)

 

◎文体とディテール

  • 1ページに2個以上のクリシェが紛れ込んでいないか

  • 「この文は本当に必要?」「もっと短くできない?」を全行に問うているか

  • 脇役の描写を、2文に絞り込もうとしているか

 

◎構成とトーン

  • ゴールの方向は見えつつ、道筋はあえて曖昧に残しているか

  • 自分でも「おっ」と驚く展開がどこかにあるか

  • 本のトーン(語りの声)は、一文で説明できるか

    • 例:「冷静だけど、どこかニヤッとしている語り」など

 

◎テーマと世界

  • 地味な中流の生活から、「極端な感情」を掘り出せているか

  • 家族など、誰もが逃れられない関係性を使えているか

  • 最終的に、「これは読んでいて楽しいか?」と自分に問えるか 

 


フランゼンの話を聞いていると、

「自分のキャラクターを、もっと笑っていい」
「自分の恥から、もっと逃げてはいけない」

この2つが、同じ根っこから生えていることに気づきます。

痛みやトラウマを「そのまま」書くのではなく、読者と一緒に笑えるところまで変換すること

そこまで持っていったとき、初めてキャラクターは、「本当に生きている」と感じられるということなのだと思いました。■ 

 

 

〇 情報源:Jonathan Franzen: How to Write Truly Great Characters
Author of Crossroads, Freedom, Purity, and The Corrections
by David Perell 
Nov 27, 2025