誰かの指が脇腹に近づいてくる。まだ触れられてもいないのに身体が逃げようとし、実際に触られれば、笑いながら身をよじってしまう。

誰もがよく知っているこの「くすぐったさ」ですが、なぜ人がそう反応するのか、実は現代科学でも完全には解明されていません。

古くは古代ギリシャのアリストテレスも、この謎に挑みました。彼は「なぜ自分で自分を触ってもくすぐったくないのか」と問い、自分で触るときはタイミングや場所をあらかじめ「予測」できるからだと結論付けました。

また19世紀のダーウィンは、「普段あまり触られない場所ほど、不意の接触に強く反応するのではないか」という説を唱えました。

そして2026年、オランダのラドバウド大学などの研究チームが、異なる文化圏の約450人を対象に「くすぐったい場所の身体地図」を作成する最新研究を発表しました。

文化や習慣が違っても、くすぐったい場所——脇の下、足の裏、腹部——のパターンは驚くほど共通していました。しかし、その理由を解明しようと仮説を検証していくと、これまで信じられてきた説は次々と打ち砕かれました。

* 触覚の敏感さ: 神経が密集している手のひらは、特にくすぐったくはありません。
* 皮膚の薄さ: 唇やまぶたの皮膚は薄いですが、くすぐったさの中心ではありません。
* 急所の保護: 脇や腹など、動脈の位置や危険度だけでも説明がつきません。

検証された仮説の中で唯一、相関を示したのはダーウィンの説に近い「普段触られない場所ほど、くすぐったい」という要因でした。

予測できない刺激と、触れられ慣れていない部位という条件が重なることで、身体が強い応答を引き起こすと考えられます。

しかし研究チームは、それ単体でも説明しきれないと結論付けています。実際には触覚神経の密度や感覚のメカニズムなどが複雑に絡み合っており、因果関係の全貌すら未だ特定できていません。

最近はノーベル賞の発表もあったりで、科学というと、遠い宇宙や目に見えない素粒子の謎を解き明かすものだと思いがちです。
しかし、もっと不思議なのは、毎日使っている自分の身体の中にこそ、誰もが知っていながら誰一人として説明しきれない謎が残されていることです。

アリストテレスから2,000年以上の時が流れた今もなお、私たちは自分の脇腹にある感覚の正体すら知らないんですね。◾️

参考情報

* Aristotle, Problems, Book 35, Problem 1.
* Charles Darwin, The Expression of the Emotions in Man and Animals, 1872.
* Ziliang Xiong & Konstantina Kilteni, “Human ticklishness is a widespread, culturally shared and bodily organized sensory experience,” Nature Human Behaviour, 2026.


初出:note、2026年10月13日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月20日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/nafb7dd0ed2b9

カバー画像:ジョゼ・マリョア《くすぐり(Cócegas)》1904年(パブリックドメイン/出典)

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