『リトル・ミス・サンシャイン』でアカデミー脚本賞を受賞し、『トイ・ストーリー3』を書いたマイケル・アーント(Michael Arndt)が、David PerellのPodcast「How I Write」に出演していました。約75分の対談です。
ピクサーの制作方法から、第一幕、悪役、エンディング、小津安二郎、高畑勲、宮崎駿、AI、そして書き手として生きることまで、かなり広い話をしています。今回は短く要約しません。
創作する人にとって有効な話は、できるだけ残しました。あとから読み返せるように、テーマごとに整理します。
マイケル・アーントは、どうピクサーに入ったのか
アーントはもともと、一人で書くタイプの脚本家でした。
『リトル・ミス・サンシャイン』を書いた頃の自分について、「みんな黙って、放っておいてくれ」という姿勢だったと振り返っています。
そんなアーントに声をかけたのがピクサーでした。
きっかけは、まだ映画として世に出る前の『リトル・ミス・サンシャイン』の脚本です。ピクサーはその脚本をサンプルとして読み、アーントを採用しました。しかも、その時点では、ピクサー側はこの脚本が実際に映画化されようとしていることさえ知らなかったそうです。つまり、完成した映画の評判や受賞歴を見て採用したのではない。脚本そのものを読んで、アーントの力を評価したわけです。
当時、アーントはニューヨークに住んでいました。そこで、ニューヨークに残ったまま働けないかとピクサーに尋ねます。
答えは、No でした。
ピクサーで働くなら、サンフランシスコの同じ建物で働く必要がある。
これはピクサーのマスト条件。
アーントによれば、これはSteve Jobsの考え方とも関係していたと振り返ります。複数の映画が同時に作られ、別の作品を担当する人たちも互いに助け合う。偶然のその場での会話や、他人の作品へのフィードバックも、制作の一部になるからです。だからこそ、現場に来い、と。のちに『彼はトイ・ストーリー3』の脚本創作を率いることになります。
一人で書くことを好んでいたアーントは、そこで正反対の環境に入ります。そして実際に半年ほど働いてみると、ピクサーの強さは「優秀な人」だけでも「優れた仕組み」だけでもないと気づきます。
必要なのは、その両方でした。
では今日は本人が語ったその秘訣一つ一つを、余すところなく見ていきましょう!
1. ピクサーはどう作品を作るのか
* 最初から傑作を書こうとしない
ピクサーでは、絵コンテや仮音声を使った粗い試作版を何度も作ります。『トイ・ストーリー3』でも、書く、見せる、直す、また作る、を7〜8回繰り返しました。
* 失敗は避けるのではなく、早くする
“Fail as quickly as possible.” 完成してから失敗に気づくより、まだ壊せる段階で早く問題を見つけた方がいい。
* 作品について考え続けるより、一度形にする
頭の中では面白くても、実際に人に見せなければ反応はわかりません。ジョークを書いて実際に誰も笑わなければ意味がない、ただそれも重要なデータになる。
* 初稿を最終稿の基準で評価しない
ピクサーでは、一年目なら「この段階なら大丈夫」と判断することがあるといいます。初稿には初稿の仕事がある。
* 時間を執筆に使う
アーントは『トイ・ストーリー3』の脚本執筆には、三年間必要だったと言います。一年だけなら平凡、二年でもまだ足りなかった。良い執筆は、その後の制作全体を支えます。
* 長い作品は小さな単位に分ける
ピクサーでは一本の映画を25〜30程度のシークエンス(シーン)に分割します。「映画全体が良くない」ではなく、「シークエンス 7から8への移行が弱い」と考えられるようになります。課題があるのは、具体的にどこか、をクリアにしていく。
* 最初から順番に完成させなくていい
『トイ・ストーリー3』で最初に完成したシークエンスは映画の途中でした。スタッフミーティングでは、その場で約60稿書き直しが行われたのだそう。
* 説明の多い場面ほど、簡単に済ませない
説明が多いシーンほど難しい。情報を伝えるだけでなく、シーンそのものを面白くする必要があります。
2. フィードバックとBrain Trust(ピクサーの作品改善会議)
* 物語の問題を一人で抱え込まない
ピクサーでは「あなたの問題」ではなく「私たちの問題と考えます。
* 良いアイデアに所有者はいらない
一人が問題を発見し、別の人が半分のアイデアを出し、さらに別の人が完成させることがあります。
* Creditより作品を優先する
「これは私のアイデアだ」と守り始めると、そのアイデアを捨てにくくなります。
* 意見は民主化する。しかし決定は民主化しない
作品を改善するための会議、Brain Trustでは誰でも発言できます。しかし最後に決めるのは監督です。
* フィードバックは命令ではない
他人の意見は材料です。全部採用する必要はありません。
* 他人が正しいと認める力を持つ
アーントは、自分が正しいと思ってミーティングに入り、10分後に「みんなの方が正しかった」と気づくことが何度もあったと言います。
* 欠点探しからフィードバックを始めない
ピクサー社のトップを務めた、伝説的チーフクリエイター ジョン・ラセター(John Lasseter)は、問題だらけの初稿を見ても、最初に欠点を並べませんでした。
* まず「なぜこれを作りたいのか」と聞く
本来作りたかった作品へ戻るためです。
* すでに生きている部分を探す
未完成の作品にも、面白い人物、詳細、関係性があります。そこを起点に立て直せます。
* 作者自身の経験と作品を結びつける
技術的に正しいだけでは弱い。その人自身が人生について何を信じているかが作品に入ると、強くなります。
3. 本物の物語はどこから来るのか
* 作品の中心メッセージを、一文で言えるようにする
アーントは、物語の核を短い一文にまとめることを勧めています。たとえば『WALL-E』なら「理屈では説明できない愛が、決められた生き方を変える」。『リトル・ミス・サンシャイン』なら「勝つことより、楽しむことの方が大切」です。
* その一文を、書くときの判断基準にする
場面を書くたびに、「この場面は、この作品で本当に描きたいことにつながっているか」と考えます。つながっていなければ、削るか、書き直す。作品が途中でぶれないための基準になります。
* ただし、北極星は最初から分からなくてもいい
アーントは、書き手が最初から「言いたいこと」を理解しているという考えに否定的です。
* 書くことで、自分が何を書こうとしているのかを発見する
Writing is thinking.
書く前に考え終わっている必要はありません。書くことこそ考えることなのです。
* 良い物語は具体的である
アーントが約千本の脚本を読んできて気づいた違いの一つです。良い脚本には具体的な場所、人物、生活があります。
* 「映画みたいな映画」を書かない
既存のジャンル作品だけを材料にすると、現実ではなく「映画の中の世界」を模倣することになります。
* 自分が本当に信じていることを書く
誰にでも受け入れられる安全な主張ではなく、実際に自分が考えていることを入れる。
* 人生の恥ずかしい細部まで材料にする
『リトル・ミス・サンシャイン』のVW バスのシーンには、アーント自身が幼かった頃の家族の経験が入っています。
* 普遍性を狙って一般化しすぎない
極めて個人的な詳細が、逆に多くの人の記憶を呼び起こすことがあります。
* 小さな物語を恐れない
『リトル・ミス・サンシャイン』は、家族が子どものミスコンテストへ向かうだけの話です。
* 事件が小さいと、人物を大きく描けることがある
プロットで埋め尽くされていないから、人物同士が話す余白が生まれます。
* プロットではなくキャラクターから始めてもいい
アーントは『リトル・ミス・サンシャイン』で初めてキャラクターから作ることにしました。
4. 主人公・世界・悪役をどう作るか
* 悪役は「悪い人」である必要はない
必要なのはその悪役の説得力です。
* 悪役には世界の見方、世界観 Worldview を与える
悪役は「世界とはこういうものだ」と言える人物の方が強い。
* 悪役の主張を簡単に論破できないものにする
『トイ・ストーリー3』のロッツォは「子どもはいずれ成長し、玩具を捨てる」と言います。それ自体は間違っていません。
* 主人公だけでなく、その主人公を生み出す世界を考える
アーントは、主人公と世界は切り離せないと言います。たとえば『ハンガー・ゲーム』では、独裁国家パネムの抑圧的な社会が、反抗する主人公カットニスを生み出します。ロビン・フッドも、重税や権力の横暴があるからこそ、それに逆らう人物として立ち上がる。つまり、「どんな主人公にするか」だけでなく、「どんな世界だから、この主人公が生まれたのか」を考えることが大切です。
* 主人公を「世界への解毒剤」と考える
世界の毒が何なのかを決めれば、それに対抗する主人公の性質も見えてきます。「解毒剤」が見えてくる。
* 主人公に必ず欠点を持たせる必要はない
問題が人物内部ではなく世界側にある物語もあります。
* 物語がセラピー系なのか戦争系なのか考える
『ファインディング・ニモ』では主人公自身が変わる必要があります。一方、Star Warsではルークより外の世界の方が壊れています。
これは後ほど詳しく説明します。
この分類は映画ジャンルの話ではありません。
アーントが言っているのは、「この物語で直さなければならないのは主人公なのか、世界なのか」という見方です。つまり、物語が「主人公が変わる話」なのか、「世界を変える話」なのかを考える。
* 主人公が一番避けたい状況に置く。
主人公の性格や願いが決まったら、その人物にとって最もつらい状況を考えます。そうすることで、物語の設定と人物が強く結びつきます。
* 個人的な問題を世界の問題につなげる
主人公だけの問題だと思っていたことが、実はもっと大きな問題の一部だと分かると、物語の重みが増します。
たとえば『トイ・ストーリー5』では、最初は「ボニーが玩具で遊ばなくなった」という一家庭の問題から始まります。しかし外を見ると、どの家でも子どもたちが端末ばかり見ている。そこで問題は、「ボニーのおもちゃはどうなるのか」から「玩具そのものが必要とされなくなるのではないか」へ広がります。
5. 主人公が変わる物語と、世界を変える物語
アーントのいう、「セラピー映画」と「戦争映画」。
これは映画のジャンルではなく、物語の問題がどこにあるのかを見るための分類です。物語が「主人公が変わる話」なのか、「世界を変える話」なのかを考える。
* 主人公自身に問題がある物語では、主人公が変わる
『ファインディング・ニモ』では、父親のマーリンが過去に家族を失った経験から、息子を過剰に守ろうとします。息子を救うだけでなく、「守ること」と「相手を信じて自由にすること」の違いを学ぶ必要があります。アーントはこのタイプを「セラピー系」と呼びます。
* 世界の側に問題がある物語では、主人公が世界に立ち向かう
『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーは、大きな人格上の欠点を治すために旅をするわけではありません。問題なのは帝国に支配された世界です。主人公の仕事は、自分を治すことではなく、その世界を変えることです。アーントはこれを「戦争系」と呼びます。
* 両方を組み合わせることもできる
『カサブランカ』では、第二次世界大戦という外の問題があります。同時に、主人公リック自身も、過去の傷から他人や社会との関わりを避けています。世界に対して行動するとともに、自分自身も変わる必要があります。
* 主人公には、必ず欠点が必要なわけではない
「主人公は欠点を克服して成長しなければならない」と最初から決める必要はありません。壊れているのが主人公ではなく世界なら、主人公は最初から正しい側に立っていてもいい。
* 物語を作るときは、「何を変える話なのか」を考える
主人公を変える話なのか。世界を変える話なのか。それとも、その両方なのか。ここが決まると、主人公にどんな変化が必要なのかも見えやすくなります。
6. 第一幕と物語の推進力
* 第二幕がおかしいなら、第一幕を疑う
アーントは、ビリー・ワイルダー(ハリウッドの黄金期に活躍した偉大な映画監督・脚本家・プロデューサー)の「第三幕に問題があるなら、本当の問題は第一幕にある」という考えをさらに広げます。第二幕がうまく進まない場合も、主人公の目標や動機が第一幕で十分に準備されていない可能性があります。
* 第一幕の仕事は、面白くすることだけではない
新しい人物や場所が次々に登場するので、第一幕はそれだけでもある程度は面白くなります。しかし本当に重要なのは、後半の物語を動かす要素をここで準備しておくことです。
* まず、観客に主人公を気にかけてもらう
アーントが物語の第一原則として挙げるのがこれです。事件を早く起こすことより、「この人物に何が起きるのか知りたい」と思ってもらう方が先です。
* 事件を起こすことと、観客を引き込むことは違う
冒頭から大きな事件を起こしても、観客が主人公に関心を持っていなければ、強い物語にはなりません。
* 冒頭は、世界や人物を見せる時間として使える
最初の5〜10分ほどは、観客もまだ物語の全体像を知りません。だからこそ、急いで本筋を始めるのではなく、主人公やその世界を見せる余裕があります。
* 観客が主人公を好きになるとは限らない
作者は自分の主人公をよく知っているので、自然に愛着があります。しかし観客にとっては初対面です。なぜこの人物を見続けたいのか、その理由を作品の中で示す必要があります。
* 観客を主人公と同じ乗り物に乗せる
アーントは物語をジェットコースターにたとえます。観客を外から眺める人にしてはいけない。主人公の隣に座らせ、「この人がどうなるのか」と一緒に心配させることが大切です。
* 「この人物をもっと見たい」と思わせる
主人公は、必ずしも感じのいい人である必要はありません。映画『恋はデジャ・ブ』の主人公フィル・コナーズは嫌味な人物ですが、面白く、次に何をするのか見たくなる魅力があります。
* 長期的な目標と、目の前の計画を分ける
『ハムレット』で主人公の大きな目標は、父を殺した犯人への復讐です。しかし、それだけでは次に何をすればいいのか分かりません。そこでハムレットは、叔父クローディアスの罪を確かめるため、父の殺害を再現した芝居を上演します。「最終的に何を成し遂げたいのか」と「そのために今、何をするのか」を分けて考えると、物語が動きやすくなります。
* 主人公の目標は、できるだけ具体的にする
「世界を良くしたい」では、達成できたのかどうかが曖昧です。「橋を爆破する」「人質を救う」「目的地に着く」のように、成功と失敗が分かる目標の方が、読者も物語を追いやすくなります。
7. 物語の結末をどう強くするか
* まず、「この物語で何が懸かっているのか」を三つに分けて考える
一つ目は、主人公が外の世界で何を達成したいのか。
二つ目は、愛情、家族関係、自尊心など、主人公が感情的に何を失いたくないのか。
三つ目は、物語の最後にどんな価値観が残るのか、です。
* 主人公の目標は、できるだけはっきりさせる
「世界を良くしたい」では、成功したのか失敗したのか分かりません。「橋を爆破する」「子どもを救う」「目的地に着く」のように、達成できたかどうかが分かる目標の方が、読者も物語を追いやすくなります。
* 感情面で、主人公が本当に失いたくないものを決める
たとえば『ファインディング・ニモ』では、父親の目的は息子を助けることだけではありません。息子からの信頼や愛情を取り戻すことも重要です。
* 物語の中で、二つの価値観をぶつける
『リトル・ミス・サンシャイン』では、「人生は勝ち負けで決まる」という考えと、「勝つことより、楽しむことの方が大切だ」という考えが衝突します。結末では、単に事件が解決するだけでなく、どちらの生き方を作品が選ぶのかも見えてきます。
* 最悪の結末を三方向から考えてみる
外の世界では、何が起きたら最悪なのか。
感情面では、何を失ったら最悪なのか。
価値観の面では、どんな考え方が勝ってしまったら最悪なのか。
この三つを考えると、その物語で本当に大切なものが見えやすくなります。
* 三つの失敗を、できれば同じ瞬間に重ねる
主人公が、目標も、人間関係も、自分が信じてきた価値観も失ったように見える。そこまで追い込めると、その後の反転が強くなります。
* 一度は、悪役の言っていることが正しく見えるところまで追い込む
「理想なんて通用しない。これが現実だ」と悪役が言い切れる状態を作る。主人公の価値観が本当に試されるのは、そこからです。
* そこから、一気に意味を反転させる
アーントは、外の目標、感情、価値観の三つが短い時間の中で一気にひっくり返る結末を、非常に強い終わり方だと考えています。
* 終盤への転換点は、単に「最悪の出来事」である必要はない
大切なのは、「もう元には戻れない」状態に入ることです。成功するか、失敗するか。どちらかしかないところまで物語を進めます。
* 物語が大きく動く地点をはっきりさせる
冒頭。
物語を動かす最初の出来事。
第一幕の終わり。
中盤の大きな変化。
終盤へ入る決定的な転換。
クライマックス。
こうした節目が曖昧だと、物語全体の進み方もぼやけます。
* 難しい言葉を使わず、昔話の形で考えてみる
「昔々、こんな人がいました」
「ところがある日、こんなことが起きました」
「そこで主人公は、こうすることにしました」
「すると突然、予想外のことが起きました」
「そして、もう後戻りできなくなりました」
この順番だけでも、物語の骨格を確認できます。
* 感情を押し売りしない
観客を泣かせたいからといって、台詞や音楽で「ここは泣く場面です」と説明しすぎると、かえって作為的になります。感情は、それまでの積み重ねから自然に生まれる必要があります。
* 何も言わない方が強い場面もある
『リトル・ミス・サンシャイン』で、兄のドウェーンが家族に怒りをぶつけたあと、妹のオリーヴが彼のそばへ行きます。アーントは、そこで何を言わせるか悩んだ末、何も言わせませんでした。言葉を足すことが、必ずしも感情を強くするわけではないからです。
* 説明しすぎない
観客が自分で感じ取れる余白を残す。
その抑制が、かえって場面を強くすることがあります。
8. 日本映画から学べること
* 大事件がなくても、人物が面白ければ物語になる
アーントが『リトル・ミス・サンシャイン』を書く際に後押しとなった作品の一つが、高畑勲の『ホーホケキョ となりの山田くん』でした。描かれているのは、ごく普通の家族の日常です。それでも、家族の会話やすれ違いを丁寧に見れば、十分に面白い物語になります。
* 「平凡だから書く価値がない」と考えない
特別な職業、巨大な事件、奇抜な設定がなくてもいい。身近な人間をよく観察し、そこにユーモアや愛情を見つければ、日常そのものが題材になります。
* 物語を急いで始めなくてもいい
宮崎駿の『となりのトトロ』の冒頭では、大きな事件はほとんど起こりません。姉妹が田舎の家に引っ越し、窓を開け、家の中を探検し、近所の人と出会う。その時間によって、観客は家族や世界に親しんでいきます。
* 強い物語は、必ずしも展開が激しい物語ではない
次々に事件を起こさなくても、人物や場所をもっと知りたいと思わせることができれば、観客はついてきます。
* 対立は「自分の希望を押し通す人同士」でなくても作れる
小津安二郎の『晩春』では、娘は父のために一緒に暮らし続けたいと思います。一方、父は娘の将来を考え、結婚して自分のもとを離れてほしいと思う。二人とも、自分の利益ではなく相手の幸せを考えています。
* 相手を思いやる気持ち同士がぶつかることもある
「私はこれが欲しい」「いや、私はこれが欲しい」という争いだけがドラマではありません。「あなたのためにこうしたい」と「いや、私はあなたのためにこうしたい」が食い違う。その方が、かえって切実な対立になることがあります。
* 善人同士だからといって、物語が弱くなるわけではない
敵意がなくても、愛情や責任感が違う方向を向けば、人は苦しい選択を迫られます。
* 大きな感情を、大きな演出で見せる必要はない
『晩春』の終わり方は静かです。しかし、その静けさがかえって深い余韻を残します。泣かせたいから大声で泣かせる、悲しいから大げさな台詞を言わせる、とは限りません。
* 物語の型を、絶対のルールにしない。
主人公が冒険に出て、試練を乗り越え、成長して帰ってくるという型は便利です。しかし、すべての作品がその形である必要はありません。
* 映画や小説は、「事件を追うもの」だけではない
ある家族と一緒に時間を過ごす。ある場所の空気を味わう。ある人物の感情をじっと眺める。それだけでも作品になります。
9. 書き手として長く続けるために
* 書くことを、「考え終わった後の作業」にしない
アーントが大学教授の兄の著書から学んだ重要な考えが、「書くこと自体が考えることだ」というものです。マルクス・アウレリウスやモンテーニュも、すでに答えを持っていたから書いたのではなく、書きながら自分の考えを確かめていきました。
* 何を書くか分かっていなくても、書き始めていい
完璧な考えが浮かぶのを待つ必要はありません。書いているうちに、「自分は本当はこれについて考えていたのか」と気づくことがあります。
* 書く習慣そのものを、思考の訓練にする
毎日書くことは、作品を完成させるためだけではありません。自分が何を考え、何に反応し、何を大切にしているのかを知る方法にもなります。
* 作者でも、自分の作品を完全には理解していないことがある
アーントは『リトル・ミス・サンシャイン』について、映画が公開されたあとになって初めて気づいた意味があったと話しています。書いている最中に説明できなくても、直感が正しい方向へ進んでいることはあります。
* 作品を直すときは、「面白くない」で終わらせない。
「途中で退屈した」「主人公を好きになれなかった」という感想だけでは、修正方法は分かりません。なぜ退屈したのか。主人公の目標が曖昧なのか。何が懸かっているのか分からないのか。物語の転換点が弱いのか。原因まで探る必要があります。
* 物語を、故障した機械を見るように点検する
アーントは自分を「物語の整備士」のように考えています。全体を漠然と眺めるのではなく、主人公の目標、失いたくないもの、転換点、第一幕の準備などを一つずつ確認します。
* 良い作品だけでなく、良くない作品も読む
アーントは若手の頃、脚本を評価する仕事をしていて、およそ1000本を読んだといいます。名作から学ぶだけでなく、「なぜこれは退屈なのか」「なぜこの人物には関心を持てないのか」と考えることも、書き手の訓練になります。
* 一作の結果だけで、自分の才能を決めない
アーントは若い頃、一生に50本くらい脚本を書くつもりでいました。そのうち映画になるのは数本かもしれない。その中で一本、本当に良い映画になれば幸運だと考えていたそうです。
* 世に出ない作品があるのは、プロでも普通だと知る
『明日に向って撃て!』『大統領の陰謀』『プリンセス・ブライド』を書いたウィリアム・ゴールドマンのような名脚本家にも、映画化されなかった脚本が数多くあります。
* 成功までに何本必要かを、少なく見積もらない
アーント自身、最初に脚本が売れるまで11本書きました。最初の数本がうまくいかなかったからといって、それを最終評価にする必要はありません。
* 書き直す回数も、少なく見積もらない
『リトル・ミス・サンシャイン』は、制作に入るまで約100稿を書いたとアーントはいいます。書き直しは失敗の証拠ではなく、仕事の一部です。
* 書く技術は、十年単位で身につけるものだと考える
アーントは、文章を書くことを楽器や料理と同じ技術だと考えています。短期間で習得できないからといって、向いていないとは限りません。
* 観客を甘く見ない
作者が「これくらいなら気づかれない」と思ったご都合主義や不自然さを、観客は意外なほど敏感に感じ取ります。観客を操作しようとするより、物語そのものを正直に作る方がいい。
* 何度でも「もっと良くできないか」と問い直す
アーントが最後に強調するのは、特別な公式ではありません。
「これは、もっと良くできないか」
その問いを、完成するまで繰り返すことです。
* AIで作品を作りやすくなるほど、その人自身の経験が重要になる
制作費や技術的な壁が下がれば、作品を作る人は増えます。そうなるほど、「なぜ、この人が、この作品を書いたのか」が差になります。
* 技術上の制約だけで、想像することまで諦めない
映画では、これまで予算の問題で描けなかった場所や世界も、AIなどの新しい技術によって実現しやすくなる可能性があります。AIもマイナス面ばかりではありません。作り方が変われば、これまで諦めていた物語も書けるかもしれません。
* 一作よりも、長く書き続けることを考える
書き手として大切なのは、「今回の作品が成功したか」だけではありません。十年、二十年と書き続けながら、少しずつ良い作品を作れるようになることです。
* 物語を書く仕事を、軽く考えない
『オデュッセイア』や『ギルガメシュ叙事詩』のように、建物や都市が失われたあとも残る物語があります。書くことは人類への大きな貢献になりうる、ということ。
* 人間は、物語を使って自分自身を理解してきた
人は利己的なのか。利他的なのか。どう生きるべきなのか。何を大切にすべきなのか。物語は、こうした問いを考えるための方法でもあります。
* だからこそ、謙虚でいる
アーントは、黒澤明が晩年になっても「ようやく映画が少し分かり始めた」という趣旨のことを語った例を挙げます。物語を書くことは、それほど簡単には習得できない仕事だということですね。
最後に
マイケル・アーントの話を聞いていると、ピクサーに秘密の公式があるわけではないことが分かります。
あるのは、作品を少しずつ良くしていく仕組みです。
まず書く。
形にする。
人に見せる。
どこに問題があるのかを調べる。
書き直す。
その途中で、自分が本当は何を書こうとしていたのかも見えてくる。
そして、一作の結果だけで、自分に才能があるかどうかを決めない。
書くことを、長く続ける仕事として考える。
彼がピクサーが見つけたのは、「一度で傑作を書く方法」ではありません。何度間違えても、そこから作品を直し続けられる方法なのだと思います。◾️
原文に掲載の画像:Michael Arndt Homepage
原文に掲載の画像:Michael Arndt Homepage
参考情報
David Perell, How I Write
“Michael Arndt: Oscar-winning Writer Teaches Storytelling”
September 23, 2026
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/how-i-write/id1700171470?i=1000791286728
Michael Arndt
Pandemonium Inc.
脚本、screenwriting videos、four-page outline、reader questionnaireなどが公開されています。
初出:note、2026年10月12日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月19日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/nd5da4a408e6f
カバー画像:リーズ産業博物館のゾートロープ、撮影 Clem Rutter(CC BY-SA 3.0/出典)