原文に掲載の画像:Dan Brown: https://www.tetragrammaton.com/podcast/dan-brown
― 『ダ・ヴィンチ・コード』の原点は、クリスマスの謎解きだった?!
今日はいわずとしれた、世紀のベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』を生んだアメリカの作家、ダン・ブラウン を取り上げたいと思います。
まず、どのくらい世界中で売れているのか
『ダ・ヴィンチ・コード』は単体で世界累計8,500万部以上を売り上げており、「歴史上最も売れた小説」のトップクラスに君臨中。
彼の全著作の累計は2億5,000万部を超えていますが、その大部分をこの1冊が牽引しています。
ちょっとAIに聞いて計算してもらいました。
発売から約23年が経過した現在の世界累計売上(約8,500万部) から、単純に「これまでの歴史で1分間に平均何冊売れてきたか」を計算すると、さらにその凄さがわかります。
23年間の平均:毎分 約7冊
23年間、24時間365日、地球のどこかで常に「1分間に7冊」のペースで誰かがこの本を買い続けてきた計算になります。
驚異的ですね・・・。
ダン・ブラウンという人
Rick Rubin との対談を聴いていて、まず印象に残ったのは、世界最大級の論争を巻き起こした作家のはずなのに、ダン・ブラウンはどこか涼しそうな人だということです。
Rick Rubin のテトラグラマトン というポッドキャスト番組もよく聴くプログラムの一つです。今回は、Rick による Dan Brown へのインタビュー回から、ポイントを絞って書いてみます。
https://www.tetragrammaton.com/podcast/dan-brown
ダン・ブラウンの作品は発禁になり、燃やされ、宗教界から激しく批判されました。
『Holy Blood, Holy Grail(レンヌ=ル=シャトーの謎: イエスの血脈と聖杯伝説)』の著者たちからは訴訟を起こされ、映画化の際には、ローマでの撮影中、「バチカンに拘束される可能性もあるから気をつけろ」と周囲が本気で警戒していた、とも語っていました。
普通なら、もっと怒りや防御の空気が前面に出てもおかしくありません。
ですが、対談の中のダン・ブラウンは、穏やかでどこか飄々としています。
反体制作家というよりも、「面白い謎を追いかけていたら、思ったより大きな扉を開けてしまった人」のように見えます。
そこが非常に印象的でした。
父は数学教師、母は音楽家
対談の中で、ダン・ブラウンは自身の家庭環境についても語っています。
父は数学教師。
母は音楽家。
家にはテレビがなく、代わりに、本、音楽、ゲーム、パズル、暗号が身近にある環境で育ったそうです。
特に面白かったのが、クリスマスの話。
彼の家では、プレゼントがそのまま置かれているわけではありません。
まず封筒がある。
その中に、詩や暗号が書かれている。
その謎を解くと、次の場所に行ける。台所のティーバッグが入っている容器に、また別の手がかりがある。
そうやって、いくつもの暗号を解いた先に、ようやくプレゼントに辿り着く。
つまり、彼にとって「謎」は常に身近で、最初から幸せなものだった。
退屈な勉強ではない。恐ろしいものでもない。
謎を追うことは、家族の遊びであり、知的な祝祭であり、愛情の形式だった。
ここに、ダン・ブラウン作品の原点がある気がします。
『ダ・ヴィンチ・コード』の本当の技術
多くの人は、『ダ・ヴィンチ・コード』を「宗教ミステリー」として読みます。
もちろん、それも間違いではありません。
ですが、創作という観点から見ると、彼の本当の技術は別のところにあります。
それは、
知識を、“次を知りたい”という欲望に変えること
です。
宗教史を講義しない。
美術史を説明しない。
科学を論文のように並べない。
彼は、それらを「追いかけたくなるもの」に変える。
この人はここが圧倒的にうまいんですよね。
たとえば彼は対談の中で、イアン・フレミングの『007』について、非常に重要なことを言っていました。
読者は、ジェームズ・ボンドが最後に爆弾を解除するかどうかを知りたくて読んでいるわけではない。どうせ解除する。女性を手に入れるかどうかも同じだ。どうせそうなる。
では、人は何を求めてページをめくるのか。
読者が求めているのは、“How” なんだ。
どうやって敵を出し抜くのか。
どうやって暗号を解くのか。
どうやって窮地を切り抜けるのか。
物語の快楽は、結末そのものではなく、そこに至るプロセスにある。
これは、小説を書く人間にとってかなり重要な話だと思いました。
「思想」を、そのまま語らない
対談で彼は、新作では「人間の意識」というテーマを扱っているとも語っていました。
ですが、彼は意識についてそのまま哲学的に講義するわけではありません。
彼は、それを「消えた原稿」に変える。
意識に関する重要な原稿を書いた科学者が失踪し、その原稿も消える。
すると、抽象的なテーマが、一気に追跡劇になります。
ここが本当にうまいんですよね。
哲学をそのまま語れば、講義になってしまう。
ですが、
- 消えた原稿
- 隠された暗号
- 命を懸けて守られた秘密
という形に変わった瞬間、人は追いかけ始める。
つまり彼は、
知識を、情報として出さない。
知識を、欲望に変える。
それを徹底しているのだと思います。
数学と音楽の子ども
彼の作品を見ていると、父と母の影響がかなり強く表れているように感じます。
暗号。配列。対称性。パターン。伏線。構造。
これは数学的です。
一方で、
短い章。クリフハンガー。強弱。テンポ。場面転換。
こちらは音楽的です。
実際、彼自身も「小説を音楽のように考えている」と語っていました。
結末を先に書き、そこから逆算して構造を組む。
静かな場面の後に激しい場面を置く。
緩急を設計する。
読者の呼吸をコントロールする。
だから彼の小説は、複雑な知識を扱っているのに、止まらない。
難しいのに読める。
ここが、ダン・ブラウンの職人的な凄さだと思います。
読者を参加者にする
もう一つ重要なのは、彼が読者をかなり信頼していることです。
彼は、「場面にはできるだけ遅く入り、できるだけ早く出る」と語っていました。
つまり、前置きを長々と書かない。
「何だって? そんな馬鹿な」
から始めればいい。
読者は、「何が馬鹿なのか?」と思って次を読む。
つまり、読者はただ説明を聞かされているのではありません。
推理し、接続し、疑い、先回りしながら読む。
読者自身が、物語の参加者になる。
だからページが止まらない。
ここも、かなり大きな学びでした。
私が学んだこと
今回の対談で、私が一番強く感じたのは、
「知識を持っているだけでは足りない」
ということでした。
知識を、謎に変えなければならない。
思想を、事件に変えなければならない。
テーマを、移動に変えなければならない。
作者が関心があることと、読者が読みたくなることは別ですよね。
面白い素材があるだけでは、小説にもエッセイにもならない。
素材をどう配置するか。
どこで隠すか。
どこで読者に問いを渡すか。
そこまで設計しなければ、読者はついてこない。
ダン・ブラウンは、それを徹底していました。
彼は、読者に説明しません。読者に、追わせる。
ここが、彼の本質なのだと思います。
最後に
今回の対談を聴いていて、最終的に一番印象に残ったのは、「巨大な論争の出発点が、クリスマスの謎解きだった」ということでした。
数学教師の父。
音楽家の母。
テレビのない家。
封筒の中の暗号。
その少年が、大人になって、世界中の読者に同じ体験をさせた。
次の封筒はどこにあるのか。
その感覚こそが、ダン・ブラウン作品の中心にあるのだと思います。
そうすると、創作とは、
自分が子どもの頃に本気で楽しかったものを、
大人の技術で再構築することなのかもしれません。
ダン・ブラウンにとって、それは「謎」でした。■
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初出:note、2026年6月2日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/ne12829d56c45