So You Think You Can Rule the World?

「自分なら、世界を支配できると思うか?」

2026年、Stanfordで、こんな名前の小さなクラスが話題になりました。

通称は Rule。

大学の正規授業ではありません。卒業生の Justin Lewis-Weber が運営する非公式のクラスで、冬学期に集まるのは12人。履修番号はなく、元受講生の紹介がなければ応募もできません。10週間にわたり、お金、権力、「よい人生」、そして世界を動かしている仕組みについて議論します。

学生新聞 The Stanford Daily の取材では、元受講生の評価も分かれています。

「大きな夢を持つ人と出会える場所だった」と振り返る人もいれば、権力や官僚組織の仕組みを理解して、「その中で欲しいものを得る」方法を学ぶ場所だった、と語る人もいる。

このクラスを私もリスペクトしている文化評論家の Ted Gioia が取り上げました。

Ted が問題にしたのは、単に「秘密めいたエリート教育はけしからん」ということではありません。

受講経験者によれば、Rule には「自分が想像できる野心の限界を超える」という考え方があり、人に影響していると気づかれにくい形で影響を与える方法も話題になっていた。教材にはEffective Altruism*、ピーター・ティール(アメリカの著名な起業家、投資家、思想家)ポール・グラム(アメリカのプログラマー、エッセイスト、著名なスタートアップ投資家)なども含まれていたといいます。

*Effective Altruism(EA、効果的利他主義)とは、データや科学的証拠(エビデンス)を使い、最も大きな社会的利益や善をもたらす方法を見極めて実践する、21世紀の哲学的および社会的な運動

Ted はここに、際限のない野心と、「大きな未来の善のためなら、現在の行為を正当化できる」という考え方が結びつく危険を見ます。そして、元受講生Phoebe Gates(マイクロソフト共同創業者であるビル・ゲイツとメリンダ・フランス・ゲイツの末娘。スタンフォード大学を卒業後、起業家や女性の健康・気候変動に関する活動家)の会社Phiaをめぐる最近の問題まで、その延長線上に置いて論じています。

もちろん、この二つに因果関係があると確認されたわけではありません。
そこは Ted 自身の解釈です。

しかし彼の結論は興味深い。

Stanford が若いエリートに教えるべきなのは、「世界を攻略する方法」ではなく、人文学を通して、自分の価値観そのものを問い直すことではないか。

私はこの記事を読みながら、そこで少し立ち止まりました。

これは本当に、今出てきた新しい問題なのだろうか。


私には、長年考え続けてきた一つの問いがあります。

その時々の仕事のテーマというより、もっと長く、自分の中に残り続けてきた哲学的な問いです。

Who rules whom? 
誰が、誰を支配するのか。

人類が繰り返し考えてきたことを突き詰めていくと、最後はこの問いに行き着くのではないか。

私はずっと、そんな気がしていました。

そして Stanford の Rule の記事を読んでいるうちに、また同じ問いに戻ってきました。


『創世記』では、蛇がアダムとイブを誘惑します。
禁じられた実を食べれば、善悪を知り、神のようになれる。

ここで差し出されているのは、単なる果物ではありません。

誰が「何が善で、何が悪か」を決めるのか。

神なのか。蛇なのか。それとも、人間自身なのか。

『ヨブ記』でも、形を変えて同じ問題が現れます。
ヨブはなぜ神を信じるのか。
豊かだからではないのか。
財産や家族や健康を失っても、それでも変わらないのか。

ヨブを本当に動かしているのは、利益なのか。恐怖なのか。苦痛なのか。

そして新約聖書になると、誘惑の構図はさらに露骨になります。
荒野で断食するイエスに、悪魔は世界の国々とその栄華を見せます。
すべて与えよう。
その代わり、私を拝め。

ここには一つの取引があります。

欲しいものを与える。
その代わり、誰に従うかを変えろ。

考えてみれば、誘惑とはそういうものなのかもしれません。

知識。富。地位。名声。権力。

時代によって差し出されるものは変わっても、取引の形はあまり変わっていません。


すると、Who rules whom? の先に、もう一つの問いが出てきます。

Who rules the ruler?
支配する人を、何が支配しているのか。

ダビデは王でした。
しかしバテ・シバを欲したとき、自分の欲望を抑えることができませんでした。

ソロモンは知恵で知られた王でした。
しかし晩年には、富、権力、多くの妻、政治的な結びつきのなかで、若い頃とは違う方向へ進んでいきます。

二人とも、他人を支配する力を持っていました。

でも、

他人を支配できることと、自分を支配できることは同じではない。

ここに、自制という古い問題があります。
自制を失った人が、必ず失脚するとは限りません。
権力を持ったまま生涯を終える人もいるでしょう。

しかし、自分の欲望、恐怖、虚栄、怒りに動かされるようになった瞬間、その人はすでに何かに支配されています。

王であっても、自由ではない。


このことを考えると、私はベトナム戦争を思い出すんですね。

ケネディ政権とジョンソン政権には、ロバート・マクナマラ、ディーン・ラスク、マクジョージ・バンディ、ディーン・ラスクら、当時最高レベルの頭脳とされた人々が集まっていました。

ジャーナリストの デイヴィッド・ハルバースタムは、彼らを描いた1972年の大著に、皮肉を込めてこういう題名をつけました。

The Best and the Brightest.
「最良にして、最も聡明な人々」。

ハルバースタムが突きつけたのは単純な問いでした。

なぜ、これほど優秀な人々が、これほど大きな失敗を引き起こしたのか。

20年以上たった1995年、当事者だったマクナマラ自身が回顧録『In Retrospect』でベトナム戦争を振り返りました。

彼は、インドシナを訪れたこともなく、その歴史、言語、文化、価値観を十分に理解していなかった、と認めています。そしてケネディ、ラスク、バンディーらについても、程度の差こそあれ同じだったと書きました。

彼の言葉では、ベトナムは彼らにとって、

terra incognita――「未知の土地」

だった。

ソ連についてなら、ジョージ・ケナンら、長年その社会を研究してきた専門家がいた。

ところが東南アジアについては、それに匹敵する知識を持つ上級者が国務省や国防総省にいなかった、とマクナマラは振り返っています。

そして彼が挙げたベトナム失敗の原因の一つが、現地の歴史、文化、政治に対する自分たちの「深い無知」でした。

ここが、私には怖い。

彼らは無能だったのではありません。

優秀だった。

それでも、自分たちが知らない世界があることを十分に理解できなかった。私はこれを、西洋のエリート教育が無価値だったという話だとは思いません。

ただこれは一つの限界を示しているとは思います。

高度な知性は、世界を広く知っていることを保証しない。教育を受けたことも、自分の世界観の外側を見ることを保証しない。

そして最も危険なのは、狭い世界観を持ったまま、非常に有能であることなのかもしれません。間違った前提を、見事なまでに実行できてしまうからです。

マクナマラは1995年、LBJ プレジデンシャル図書館で自分たちについてこう語っています。

“We were wrong. I believe we were terribly wrong.”
私たちは間違っていた。ひどく間違っていた、と。


そこで、2026年の Stanford に戻ってみます。

Rule。

So You Think You Can Rule the World?  
世界を支配できると思うか。

人脈をつくる。制度を理解する。資金を集める。人を動かす。
大きな野心を持つ。

そのどれもが悪いわけではありません。
むしろ世界を変えるには、必要な力かもしれない。

でも、人類はずっと、その次に起こることも知ってきました。
力には、誘惑がついてくる。

そして力が大きくなればなるほど、
Who rules the ruler?
という問いが重くなる。

だから、世界を支配する方法を学ぶ前に、もう一つ授業があってもいい。

How to rule yourself.  
自分をどう統治するか。

Ted Gioia は、Stanfordにはもっと humanities(人文科学) が必要だと言います。

私はその議論を読みながら、もっと古いところまで戻ってしまいました。

アダムとイブ。ヨブ。ダビデ。ソロモン。イエス。
そして、The Best and the Brightest と呼ばれた人々。

何千年も経っているのに、問いはそれほど変わっていない。

Who rules whom?  
誰が、誰を支配するのか。

そして、その問いを最後まで追っていくと、やはりここに戻ってくるのだと思います。

Who rules the ruler?  
世界を支配したいと思ったとき、その自分自身を、いったい何が支配しているのでしょうか。■


参考資料

  • Sterling Davies and Charlotte Cao, “The unofficial class teaching students how to ‘rule the world’,” The Stanford Daily, May 21, 2026.
  • Ted Gioia, “Stanford’s Secret Course on How to Rule the World,” The Honest Broker, August 20, 2026.
  • David Halberstam, The Best and the Brightest, Random House, 1972.
  • Robert S. McNamara with Brian VanDeMark, In Retrospect: The Tragedy and Lessons of Vietnam, Times Books, 1995. 特に pp. 32–33 および結論部の “Lessons of Vietnam.”
  • LBJ Presidential Library, “Excerpt: Robert McNamara, ‘We were wrong,’” May 1995.
  • 聖書:『創世記』3章、『ヨブ記』1–2章、『マタイによる福音書』4章1–11節/『ルカによる福音書』4章1–13節、『サムエル記下』11章、『列王記上』10–11章。

初出:note、2026年8月31日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n68b2881424c4

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