エリトリア、という国は私たちにとってそれほど馴染みのある国ではないかもしれません。でも知らないという理由だけで、この国て起きていることに目をつむってしまって良いわけではありません。

エリトリア

エリトリアは、市民の自由や報道の自由において世界で最も制限されている国の一つとして広く知られています。 国際機関や調査団体の評価では、常に最悪の順位に位置づけられています。国境なき記者団が発表する「世界報道自由度ランキング」では、長年にわたり最下位争いまたは最下位(180カ国中180位など)を記録しています。また、フリーダム・ハウスなどの自由度調査でも「世界で最も不自由な国・地域」の一つに選ばれています。

作家やジャーナリストたちの拘束

2001年9月、アフリカ北東部のエリトリアで、政府が独立系メディアを閉鎖し、記者や作家たちを拘束しました。

そのうち12人については、25年が過ぎた今も、所在も生死も明らかにされていません。家族との面会も、弁護士への接触も認められていません。

2026年9月18日、世界各国の188人の作家が、エリトリアのイサイアス・アフェウェルキ大統領に公開書簡を送りました。

PEN International

呼びかけたのは、文学と言論の自由を守る国際団体PEN Internationalです。署名者には、ノーベル文学賞作家のオルガ・トカルチュクやJ・M・クッツェー、作家のイサベル・アジェンデらが名を連ねています。

書簡がまず求めているのは、12人が生きているという、検証可能な証拠です。

釈放を求める以前に、生きているかどうかを確かめなければならない…。25年という時間の長さが、その要求に表れています。

消息不明の12名

PENの公開書簡に記された12人の名前を、ここにも残しておきます。

Amanuel Asrat
Dawit Habtemichael
Dawit Isaak
Fessehaye ‘Joshua’ Yohannes
Matheos Habteab
Medhanie Haile
Sahle ‘Wedi-Itay’ Tsegazeab
Said Abdelkadir
Said Idris ‘Abu Are’
Seyoum Tsehaye
Temesgen Ghebreyesus
Yousif Mohammed Ali

検閲が及ぼす社会への影響

検閲というと、本を発禁にしたり、新聞の記事を削除したりすることを思い浮かべます。しかし、書き手の身柄を拘束し、その消息さえ明かさなければ、文章だけでなく、書いた人間まで社会から見えなくなっていきます。

だからこそ、PENは25年後にも12人の名前を記しています。もちろん、名前を記すだけで、彼らを取り戻せるわけではありません。それでも、誰が拘束されたのかを明らかにし、その人たちがどこにいるのかを問い続けることはできます。

2001年に生まれた子どもは、もう25歳です。
その間、12人の家族は、彼らがどこで、どのように過ごしているのかを確かめられないまま、時間を重ねてきました。

PENが求めているのは、まず、その沈黙を終わらせることです。12人は、いまどこにいるのでしょうか。
25年たっても、政府はその問いに答えていません。◾️

参考情報

PEN International, “Eritrea: An open letter to President Isaias Afwerki,” September 18, 2026.

https://www.pen-international.org/news/eritrea-an-open-letter-to-president-isaias-afwerki

English PEN, “Eritrea: 188 writers sign open letter to President Isaias Afwerki,” September 18, 2026.

https://www.englishpen.org/posts/campaigns/eritrea-188-writers-sign-open-letter-to-president-isaias-afwerki/


初出:note、2026年10月11日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月19日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/ne801fd77b944

カバー画像:本サイト制作(黒地に、消息不明の12人の名前)