ジャレド・ダイアモンドという人がいます。
科学者であり、歴史についても書く研究者です。
もともとは生化学や生理学を学び、その後、進化生物学、地理学、人類学などへ研究を広げてきました。
代表作は『銃・病原菌・鉄』です。
なぜ、世界のある地域では国家や技術が早く発達し、別の地域ではそうならなかったのか。
ダイアモンドは、その理由を「民族の能力」ではなく、地理、農業、家畜、病原菌といった環境の違いから説明しました。この本は世界的なベストセラーとなり、ピュリツァー賞も受賞しています。日本でも大変話題になりました。ご存じの方も多いと思います。
そんな彼が、89歳を前に新しい本を書きました。
タイトルは『Profits, Prophets, Coaches and Kings: (When) Do Leaders Make a Difference?』です。
今回のテーマは、リーダーについてです。
政治家、企業経営者、スポーツ監督、宗教指導者を比べながら、一つの問いを考えています。
リーダーは、本当に結果を変えるのでしょうか。
一見すると、これまでのダイアモンドとは反対の話にも見えます。『銃・病原菌・鉄』では、一人の英雄よりも、地理や環境という大きな力を重視してきたからです。
ところが本人は、考えを変えたわけではないと言います。
違うのは、見る時間の長さです。
『銃・病原菌・鉄』が扱ったのは、1万年という長い歴史でした。
今回の新作が見ていくのは、数年から数十年だといいます。1万年という時間で見れば、地理や環境の影響は大きい。しかし10年、20年という時間なら、一人の判断が結果を大きく変えることがあります。
ダイアモンドが例に出すのが、マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督です。クラブが長年成功した理由を、地理や農業の歴史で説明することはできません。そこでは、一人の監督の判断が大きな意味を持ちました。
韓国と北朝鮮の違いも同じです。現在の経済格差は、韓国の方が少し南にあるから生まれたわけではありません。戦後につくられた制度と、人々の選択が違いました。
つまりダイアモンドは、
「構造か、人か」
という二択をしているのではありません。
見る時間によって、どちらの影響が強くなるかが変わる、と考えています。
その新著で、特に面白いのが「Hamlet Test(ハムレット・テスト)」です。
考え方は簡単です。
その人がいなかったら、同じことは起きただろうか。
シェイクスピアの時代には、優れた劇作家が何人もいました。しかし、シェイクスピアがいなければ、別の誰かが『ハムレット』を書いたでしょうか。
おそらく、そうではありません。
だからシェイクスピアは、このテストを通過します。
一方、イーロン・マスクやジェフ・ベゾスについて、ダイアモンドは違う見方をします。二人が巨大な事業をつくったことは認めています。ただ、彼らがいなければ、電気自動車の巨大企業やオンライン小売業が生まれなかったのでしょうか。
そこまでは言えません。
別の誰かが似たものをつくった可能性があります。
ここでダイアモンドが分けているのは、
成功の大きさと、その人にしかできなかったこと
です。
大きな成功をした人が、必ずしも代わりのきかない人とは限りません。反対に、世界的には有名でなくても、その人がいなければ国の未来が大きく変わっていた、という人もいます。
その例が、ボツワナ初代大統領セレツェ・カーマです。
独立当時、ボツワナには大学卒業者がほとんどいませんでした。
カーマは、その数少ない大学卒業者の一人でした。
しかも最大部族の長でもあり、その部族の土地からダイヤモンドが見つかりました。
資源を誰のために使うのか。
国をどのような制度にするのか。
独立直後のボツワナにとって、どちらも国の未来を左右する問題でした。
ダイアモンドは、カーマがその国づくりをうまく進めたことで、ボツワナがアフリカの中でも比較的安定した国になったと評価しています。
カーマは世界的な有名人ではありません。しかしダイアモンドは、当時のボツワナで同じことができる人はほとんどいなかったと考えています。
だから彼は Hamlet Test を通過します。
この考え方は、企業を見るときにも使えるかもしれません。
「あの社長の時代に売上が倍になった」
それだけでは、その社長が優れたリーダーだったとは言い切れません。
市場そのものが伸びていたのかもしれません。
優秀な部下がいたのかもしれません。
競合が失敗したのかもしれません。
本当に見たいのは、
その人がいたことで、何が変わったのか。
ということです。
新著では、リーダーの報酬についても考えています。
マスクやベゾスが企業に莫大な価値を生み出したのなら、本人が大きな報酬を得ることには理由があります。ただしダイアモンドは、その富を何に使うかは別の問題だと言います。
ビル・ゲイツについては、財団を通じた感染症対策などを評価しています。一方、マスクについてはかなり批判的です。
ここでは、
価値を生み出すことと、その力をどう使うかは別
という問いも出てきます。
この本が面白いのは、「良いリーダーの特徴」を並べているわけではないことです。
決断力。
カリスマ。
コミュニケーション力。
そうした話より前に、
そもそも、リーダーはどれくらい重要なのか
を問います。
そのために、
その人がいなかった世界を想像する、
これがダイアモンドのやり方です。
インタビューの最後で、話は彼自身の人生に移ります。
89歳を目前にしたダイアモンドは、週に3回ジムに行くそうです。鳥を見ながら歩きます。ピアノを弾き、チェリストやオペラ歌手の伴奏もします。毎日イタリア語とドイツ語を読み、ときどきロシア語を話します。
友人ともよく会います。
そして、こう言います。
“I find life fascinating. I want to keep going.”
人生が面白い。だから、まだ続けたい。
この言葉がいいなと思いました。
長生きするために好奇心を持っているのではありません。
まだ知りたいことがあるから、生き続けたい。
89歳になっても、新しい問いを考えています。
人は、本当に歴史を変えるのか。
ダイアモンドにとって、人生とは答えを集め終えることではないのかもしれません。
まだ考えたい問いがある。
それが、彼を前に進ませているのだと思います。■
参考情報
Jared Diamond: ‘I find life fascinating. I want to keep going’
The scientist, historian and author of Guns, Germs, and Steel on the vagaries of academia, Elon Musk’s trillions and living a fruitful life
Originally published on note on 2026-09-11 07:10:08 JST.