GE(General Electric Company)の元CEO、ジェフ・イメルトが、最近のSubstack投稿でリーダーとしてのレガシー、遺産について振り返っています。彼自身が最後に遺したのは事業でも、戦略でも、建物でもありませんでした。

人、でした。

自分のもとで働き、成長し、その後さまざまな会社や地域で経営を担うようになった人々。それこそが、自分にとって最も大切な遺産だと彼は書いています。

私は以前から、リーダーには二つの責任があると考えてきました。

一つは、成果を出すこと。
もう一つは、自分と同等か、それ以上のリーダーを育てることです。

GEは、どんなリーダーを育てたのか

GEは、かつて「世界最高の経営者養成機関」と呼ばれていました。イメルトによれば、彼と同世代のGE出身者からは、100人を超える上場企業のCEOが生まれたそうです。

Boston Scientificのマイク・マホーニー。
Baker Hughesのロレンゾ・シモネリ。
Synchronyのマーガレット・キーン。
Wabtecのラファエル・サンタナ。
Genpactのプラモド・バシンやタイガー・ティアガラジャン。

技術者もいれば、財務の専門家もいます。
新しい市場を切り開く人もいれば、組織文化をつくることに強い人もいます。

GEが育てたのは、同じ性格を持つ、同じ型の経営者ではありませんでした。異なる個性を持ちながら、自分の頭で考え、判断し、その結果を引き受けられる人々でした。

人は、責任を与えられることで育つ

イメルトは、CEO時代、
自分の時間の約3分の1を人材育成に使った
と振り返っています。

どのように時間を使うのか。
不完全な情報のなかで、どう決断するのか。
難しい局面で、人をどう扱うのか。
失敗したあとに、どう立ち直るのか。

GEでは、若い人材を異なる事業や地域へ動かしました。母国以外で働かせました。業績の悪い事業を任せました。本人がまだ準備できていないと感じるような仕事も与えました。

人は、すべての準備が整ってからリーダーになるのではありません。責任を与えられ、その責任に追いつこうとする過程で、リーダーになっていきます。

将来のリーダーを育てるには、完成された人を探すのではなく、成長できる人に賭ける必要があります。

支援することと、守ることは違う

人材育成というと、優しく支えることを想像しがちです。しかし、支援と保護は同じではありません。

難しい仕事を取り除く。
失敗しそうな判断を代わりに行う。
本人が傷つきそうなフィードバックを控える。
それは短期的には親切に見えます。

しかし長期的には、本人から成長の機会を奪っているかもしれません。イメルトの育成論は、決して甘いものではありません。強みだけでなく、致命的になりうる弱点も率直に伝えます。改善できなければ、その役割を続けられないことも伝えます。

ただし、それは相手を見捨てることとは違います。

「ここを変えなければ成功できない。しかし、変えられると私は思っている」

そう伝えることですね。

リーダーには、優しさと厳しさのどちらかを選ぶことが求められているのではありません。

両方を引き受けることが求められています。

育てた人を、所有しない

優秀な人材は、ときに会社を去ります。
別の会社へ移る。
起業する。
違う業界へ進む。

組織から見れば、それは損失に見えるかもしれません。
しかし、人を育てることを所有権の獲得と考えれば、育成は取引になってしまいます。

会社が機会を与えたのだから、本人は残るべきだ。
上司が育てたのだから、部下は恩を返すべきだ。
その考えのなかには、育成という名の支配が入り込みます。

本当に人を育てるとは、その人が自分の可能性を、より大きく使えるようにすることです。
その結果、別の場所へ行くこともあります。
育てた人が自分のもとを去り、別の場所で成功したなら、それは育成の失敗ではありません。
むしろ、
その人が自分の足で立てるようになった証拠
かもしれません。

優れたリーダーは、人を育てます。
しかし、育てた人を所有しません。

それでも、経営者は業績で勝負すべきではないか

ここまで書いても、実は、私は少し引っかかっています。

イメルトの最大の遺産が人であるということは、リーダーシップを教える身としてはまったくその通りだと賛同します。

一方で、ある意味では、経営業績や象徴的な事業を自分の遺産として挙げにくいということでもあります。

スティーブ・ジョブズには、Appleがあり、Macがあり、iPhoneがありました。彼の思想は、製品として目に見える形で残っています。

では、イメルトには何が残ったのでしょうか。

人です。

もちろんそれは素晴らしい。
しかし、営利企業のCEOとして、それでよいのだろうかという問いは残ります。

ビジネススクールの学長であれば、人材を輩出したことは最大の功績になるでしょう。

しかし、企業経営者であれば、まず業績で勝負すべきではないか。人を育てたことは、経営上の失敗を帳消しにはしません。同時に、経営上の失敗が、人を育てたという功績まで消すわけでもありません。

この二つは、分けて考えるべきなのだと思います。

ジョブズは作品を残し、イメルトは人を残した
ジョブズは、作品を残したリーダーでした。
イメルトは、作品をつくる人を残したリーダーでした。

もちろん、後者の方が高尚だと言いたいのではありません。本来、経営者は業績と人材の両方を残すべきです。

それでも、人は最後に、自分の人生で本当に誇れるものを、一つか二つしか選べない気もするんです。

ジョブズにとって、それは製品でした。
イメルトにとって、それは人でした。

GEという最高水準の舞台で、人に責任を与え、鍛え、その後さまざまな組織を率いる経営者を世に送り出した。

それが彼の最後に選んだレガシーなのだとすれば、私はそこに、ある種の潔さを感じます。

私は、リーダーシップを教える仕事をしています。
だからなのかもしれません。
会社の規模や株価だけでなく、自分が関わった誰かが、以前よりよい判断をするようになったことを遺産と呼ぶ。その考え方を、私は割と好きです。

企業は継続して存在しないと社会に価値を与え続けられない。その担い手は常に人、であるからです。

だからリーダーシップは重要なのです。

リーダーが去ったあとに、誰がよりよい判断をするようになるのか。その人は、さらに誰を育てるのか。

リーダーが残す最も長く生きる作品は、会社でも、戦略でも、製品でもないことがあります。

結局、自分の頭で考え、責任を引き受け、さらに次の人を育てる人間こそ、企業の存続にもっとも重要なファクターなのだと思います。

もしそういった人材を育てるあげることができたのなら、それはそれで、リーダーのレガシーと呼ぶべきものなのだと思います。◾️


初出:note、2026年7月28日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/nb8c5f4fef821

カバー画像:ニューヨーク州スケネクタディのゼネラル・エレクトリック工場(歴史的絵葉書)(Public domain, Wikimedia Commons/出典)

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