※以下、結末を含むネタバレがあります。
『WEAPONS/ウェポンズ』を観ました。
ある夜、同じクラスの17人の子どもたちが午前2時17分に一斉に家を出て、両腕を広げながら暗闇へ走っていく。
この冒頭はかなり怖いです。
何が起きているのかわからない。教師が疑われ、親たちは怒り、警察も捜査する。それぞれの人物の視点を渡り歩きながら、少しずつ事件の全体像が見えてきます。
ところが後半、首謀者グラディスおばさんが本格的に登場してから、映画の雰囲気がかなり変わります。
怖いのですが、どこか滑稽でもある。
観終わったあとに制作の裏話を調べてみると、この奇妙な感触には、ちゃんと理由がありました。
まず、この映画の構成にはポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』が大きな参考になっています。
監督・脚本のザック・クレッガーは、一人の主人公だけを追うのではなく、教師、父親、警官、麻薬依存の男、アレックスと、視点を次々に移していく「小説のような構成」にしたかったと話しています。
しかも監督は自分自身に、「一度ある人物の章を終えたら、原則としてそこへ戻らない」というルールを課していました。この辺は見終わると、よくわかります。『マグノリア』つながりでいうと、さらに細かいところでは、警官ポールの口ひげまで、『マグノリア』のジョン・C・ライリーを意識したものだそう。
もう一つ印象に残るのが、子どもたちの走り方です。
腕を左右に広げ、飛行機のような格好で真夜中を走っていく。
クレッガーによれば、これは最初から何か象徴的な意味を決めて作ったものではなかった。ただ、後になって考えると、ベトナム戦争で撮影された有名な「ナパーム弾の少女」の写真が、無意識のうちに影響していたのではないかと語っています。
つまり、『WEAPONS』には「意味を決めてから映像化したもの」と「監督自身にも理由を完全には説明できないイメージ」が混在しています。
映画の途中で巨大なライフルが家の上に浮かんでいる夢もそうです。
アメリカの学校、17人の子どもの失踪、巨大な銃。
当然、学校銃撃事件を連想します。
しかしクレッガー本人は、あの銃について「自分にも正しい答えはわからない」という趣旨の発言をしています。政治的な意味を感じてもいいし、単なる奇妙なイメージとして受け取ってもいい。意味を一つに固定したくなかったようです。
そして、やはり最大の存在はグラディスおばさんです。
あの赤い髪、派手な服、不自然な化粧。
クレッガーは後に、写真家シンディ・シャーマンや『ツイン・ピークス』のある人物のイメージがグラディスの造形に影響したと説明しています。特に鮮やかな赤については、自然界でも「危険」を知らせる色であることを意識していたのだとか。
演じたエイミー・マディガンもすごい。
当初、宣伝ではグラディスの存在自体がかなり隠されていました。クレッガーはマディガンと初めて会った段階で、この役を彼女に任せようと決めたといいます。そして結果的に、この役は映画そのものを超えるほどの存在感を持つことになりました。
2026年の第98回アカデミー賞では、マディガンが『WEAPONS』で助演女優賞を受賞しています。なんと。彼女にとって、1985年の『Twice in a Lifetime』以来、実に40年ぶりのアカデミー賞候補からの初受賞でした。
キャスティングにも意外な裏話があります。
実は当初、ジョシュ・ブローリンの役にはペドロ・パスカルが予定されていました。さらにブライアン・タイリー・ヘンリー、レナーテ・レインスヴェなど、完成版とはかなり違うキャストが組まれていました。
ところがハリウッドのストライキで撮影が延期され、出演者のスケジュールが合わなくなります。クレッガーによれば、結果的にほぼ全面的にキャスティングをやり直すことになりました。
さらにエンドクレジットには、デヴィッド・フィンチャーの名前も出てきます。フィンチャーは監督として参加したわけではありませんが、準備段階から編集までクレッガーにかなり具体的な助言をしていました。
「撮った素材の中から最善を選んで終わり」ではなく、画角の調整、映像の安定化、ADR(台詞の再録)などを使えば、編集段階でもまだ映画を改善できる。クレッガーはフィンチャーから、そうした発想を学んだと話しています。
そもそも、この奇妙な映画が生まれた背景にはかなり個人的な出来事があります。クレッガーは、親友でコメディアン仲間だったトレヴァー・ムーアを突然亡くしたあと、この脚本を書き始めました。
本人によれば、映画を作ったからといって喪失が消えたわけではありません。ただ、自分の怒りや悲しみを登場人物に預けることで、それと向き合うことはできた。
教師ジャスティンの酒、アーチャーの怒り、突然人がいなくなった町の混乱。そう考えると、この映画が単なる「魔女もの」ではなく、喪失した人間たちの話でもあることがわかります。
ただ、私はこの映画を全面的にうまくできているとは感じませんでした。
まず、男の子、アレックスです。
彼自身もグラディスに支配された被害者ではありますが、クラスメートの名前の札を集め、結果として17人を連れてくるための重要な役割を果たしています。最後にはグラディスを倒す側になりますが、「自分が何に加担したのか」という部分は、意外なほど深く扱われません。
もっと気になるのは、グラディスが17人を集めて、結局どうするつもりだったのかです。
子どもたちから生命力のようなものを得ていることは示されています。しかし、なぜ17人を地下室に置き続けなければならないのか。いつまで必要なのか。その先に何をするつもりだったのか。
映画はそこまで説明しないんですね。
もちろん、ホラー映画ですべてを説明する必要はありません。ただ、「謎を残すこと」と「物語の内部に論理がないこと」は少し違います。
FBIまで関与するほどの大事件なのに、17人の子どもが同じクラスから、同じ時刻に、同じような姿で消えた事件が、あれほど小さな町の内部だけで進んでいるように見えるのも少し不自然でした。
前半の謎と引きつけが魅力的だっただけに、真相が見えてくるほど世界が小さくなってしまった感じもします。
興味深いことに、クレッガー自身、ユーモアについて「面白くしようとしてジョークを入れる」のではなく、状況から自然に生まれる笑いを残すようにしていると話しています。実際、狙って書いたジョークのいくつかは編集で削ったそうです。
だから最後に、グラディスが17人の子どもたちに追いかけられる場面が、あれほど恐ろしく、それでいて妙に笑えてしまうのでしょう。私も怖かったのですが、同時にかなり滑稽だと思いました。
ただ、その滑稽さのすべてが意図されたブラックコメディなのか、それとも脚本の粗さまで含めて面白く見えてしまうのか。そこは少し判断に迷います。
それでも、観終わったあとにこれだけ「あれは何だったのだろう」と話したくなる時点で、妙に記憶に残る映画ではあります。
ちなみにグラディスの話は、これで終わりではなさそうです。本編にはもともと、グラディスの過去を描く章が存在していました。しかし、正体を説明すると怖さが薄れると判断され、削除されました。
その部分を発展させた前日譚『Gladys』が現在開発中で、2026年9月時点では脚本の第一稿まで完成しているそうです。クレッガー自身ではなくザック・シールズが脚本を担当し、クレッガーは物語の開発と製作に関わっています。
あれほど説明しないことで怖かった人物を、一本の映画にして説明してしまう。さて、それが吉と出るのかどうか。
今はそこが一番気になります。◾️
参考資料
* Variety:ザック・クレッガーへのインタビュー。『マグノリア』、ユーモア、デヴィッド・フィンチャー、喪失について。
* Entertainment Weekly:子どもたちの走り方と「ナパーム弾の少女」の写真について。
* Vanity Fair:グラディスの造形とその着想について。
* Variety:当初のキャストとストライキ後の全面的な再キャスティングについて。
* Academy of Motion Picture Arts and Sciences:第98回アカデミー賞。エイミー・マディガン助演女優賞受賞。
* Variety / Dread Central:グラディス前日譚の企画について。
初出:note、2026年10月15日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月23日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n1abc8ee9f6b2
カバー画像:フランシスコ・デ・ゴヤ《魔女たちの飛翔》1798年、プラド美術館(パブリックドメイン/出典)