2026年のノーベル賞は日本人の方も受賞されて話題ですね! 素晴らしいことです。

さて、今年の生理学・医学賞は、カール・ダイセロス、ペーター・ヘーゲマン、ゲオルク・ナーゲルの3人に贈られました。

受賞につながったのは、光を使って神経細胞の働きを操作する「光遺伝学」という技術です。

私たちの脳には、膨大な数の神経細胞があります。
研究者は以前から、脳のどの部分が記憶や感情、運動などに関わっているのかを調べてきました。しかし、ある神経細胞が活動しているとわかっても、それが特定の行動の原因なのかどうかを確かめるのは簡単ではありませんでした。

光遺伝学を使えば、特定の神経細胞に光を当てて活動させ、その結果、何が起こるのかを調べられます。

これだけ聞けば、最初から脳の研究のために開発された技術のように思えます。

ところが、始まりは、藻類だったそうなんです。

クラミドモナスという単細胞の緑藻は、光を感じると、その方向へ泳ぎます。目も脳もない小さな生物が、どうやって光の方向を知るのでしょうか。

この仕組みを研究していたのが、ヘーゲマンとナーゲルたちです。二人は脳の専門家ではなく、生物が光に反応する仕組みや、細胞の働きを研究する科学者でした。

彼らの研究によって明らかになったのが、「チャネルロドプシン」というタンパク質です。

細胞は薄い膜に包まれています。このタンパク質は、その膜にある小さな扉のようなもの。青い光が当たると扉が開き、電気を帯びた粒子が細胞の内外を移動する。その結果、細胞の電気的な状態が変わります。

2003年には、この仕組みが哺乳類由来の細胞でも働くことが示されました。

ここから、別の研究者たちが新しい可能性に気づきます。

神経細胞も、電気信号によって情報を伝えています。それなら、この光で開く扉を神経細胞に組み込めば、光で神経を動かせるのではないか。

2005年、ダイセロスらの研究チームは、実際に神経細胞へチャネルロドプシンを導入し、光を当てることで神経細胞を活動させることに成功しました。

藻類の研究から、脳の働きを調べる新しい技術が生まれたということなんですね。

興味深いのは、最初に藻類を研究していた人たち自身も、この展開を予想していなかったことです。

2013年、ヘーゲマンとナーゲルは発見の経緯を振り返る論文を発表しました。その中で、藻類が光に反応する仕組みを研究していた当時、自分たちの仕事が医学分野で注目されるとは思っていなかったと述べています。

もちろん、研究が進むにつれて、ほかの細胞にも応用できる可能性は見えてきました。しかし、最初から脳を光で操作する技術を完成させようとしていたわけではないんですね。

出発点にあったのは、もっと身近な疑問でした。

なぜ、この藻は光の方へ泳ぐのだろう。

この話を知って、私は基礎研究の価値について考えました。

研究にはお金がかかります。
研究費を使う以上、「何の役に立つのか」「いつ成果が出るのか」と尋ねるのは当然です。

ただ、研究を始める段階ですべての用途を説明することはできません。

藻類が光を感じる仕組みを調べた研究者たちは、その成果が将来、脳の研究に使われるとは予想していませんでした。それでも研究を続けたからこそ、別の分野の研究者がその発見を利用できた。

今回の成果も、一人の大天才が突然生み出したものでもありません。藻類を研究した人、そのタンパク質の働きを明らかにした人、神経細胞への応用を試みた人。異なる分野の研究が、長い時間をかけてつながりました。

だからこそ、研究の価値を、すぐに役立つかどうかだけで判断するのは難しいのだと思います。

「何の役に立つのか」。

大切な問いです。

けれど、その答えがまだわからないという理由だけで研究をやめていたら、私たちは何を見つけ損なっていたのでしょうか。ノーベル賞が発表されるたびに考えさせられます。◾️

参考資料・出典

1. Nobel Prize in Physiology or Medicine 2026 — NobelPrize.org

2. Hegemann & Nagel, “From channelrhodopsins to optogenetics” (2013) 藻類研究から光遺伝学への発展を、研究者自身が振り返った論文。

3. Nagel et al., “Channelrhodopsin-1: a light-gated proton channel in green algae,” Science (2002)。藻類の光に反応するタンパク質についての初期研究。

4. Nagel et al., “Channelrhodopsin-2, a directly light-gated cation-selective membrane channel,” PNAS (2003)。光で開くタンパク質の性質と、哺乳類由来の細胞での働きを報告。

5. Boyden et al., “Millisecond-timescale, genetically targeted optical control of neural activity,” Nature Neuroscience (2005)。光によって神経細胞の活動を制御できることを実証した研究。

6. Deisseroth, “A history of optogenetics” (2011) 光遺伝学の発展の経緯を整理した論文。


初出:note、2026年10月9日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月19日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n442b82708904

カバー画像:単細胞の緑藻クラミドモナスの走査型電子顕微鏡写真、Dartmouth Electron Microscope Facility(パブリックドメイン/出典)