アリゾナ州立大学が2026年、新しい学士課程をつくりました。名前は、Content Creation(コンテンツ制作)。120単位の正式なBA(Bachelor of Arts)です。
授業名を見ると、さらに驚きます。
How to Become an Influencer――「インフルエンサーになる方法」
最初に知ったとき、私は少し戸惑いました。
大学で、インフルエンサーになる方法を学ぶのか。
YouTubeやTikTok、Podcastを始めるのに、4年間の学位が必要なのかな。
ところが、少し調べてみると、話は思っていたより真面目でした。
この学位を新設したのは、アリゾナ州立大学でジャーナリズムやメディア教育を担うWalter Cronkite School of Journalism and Mass Communicationです。大学上院で2026年3月に正式承認され、2026–27年度から新しい学士課程として始まりました。
しかも、大学が突然「インフルエンサー学部」を思いついたわけではありません。
この Cronkite Schoolでは同じ時期にメディア教育全体を見直し、Journalism、Science Communication、Strategic Communicationなど複数の学位を再編・新設しています。Content Creationも、その大きな組み替えの一つです。
つまり、SNSが流行っているから授業を一つ足した、という話ではない。メディアの仕事そのものが変わってきたので、大学側も教えるものを組み替え始めた。
そう考えると、このニュースの見え方が少し変わります。
実際、カリキュラムには動画制作、Podcast、文章、取材、編集、SNS、視聴者分析、パーソナル・ブランディングなどが並んでいます。卒業後は、ライブ配信、映像、文章、グラフィックなどを横断しながら、起業家的に働くことも想定されています。
単に「SNSでバズる方法」を教えているわけではありません。
大学は、新しく生まれた仕事を分解し、何が技術なのかを整理し、それを授業にし、学生がどこまでできるようになったかを評価しようとしている。
ここまで見ると、「インフルエンサーの学位なんて」と笑って済ませるのは、少し雑な気がしてきます。
私は教える仕事をしています。その一方で、ほぼ毎日のように文章を書き、会ったことのない読者に向けて公開しています。
この二つの世界にいると、教育でできることはかなり多いと感じます。
文章の構成は教えられます。取材の仕方も、著作権も、映像編集も、データの読み方も教えられる。締切をつくり、フィードバックを返し、最初の失敗のあとにもう一度やってみてもらうこともできます。
完成したものがテレビではなくYouTubeに載るからといって、そこで必要な技術が軽いわけではありません。
そもそも、ジャーナリズムも映画も広告もクリエイティブ・ライティングも、人々が大学で学ぶよりずっと前から存在していました。
文学の世界では、「創作は大学で教えられるのか」という問いは、もう何十年も議論されています。
たとえばイギリスのイーストアングリア大学(UEA)は、1970年に大学院のCreative Writingプログラムを始めました。最初の学生の一人が後にブッカー賞作家となるイアン・マキューアンで、その後もノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロや、ブッカー賞作家アン・エンライトなど、多くの作家を送り出しています。
もちろん、それは「大学に行けば作家になれる」という意味ではありません。ただ、創作の一部には、読んでもらい、批評され、書き直し、また試すことで学べるものが確かにある。
そう考えると、Content Creationが大学へ入ってきたこと自体は、それほど突飛でもないのかもしれません。
だから、私が面白いと思うのは、「コンテンツ制作を大学で教えるべきか」ではありません。
もう少し深い問いです。
大学は、クリエイターに何を教えられるのでしょうか。
技術は教えられる。
では、センスはどうでしょう。
誰も気づかなかった細部に気づく力は。
ほとんど読まれない時期にも書き続ける粘り強さは。
名前を見なくても「あ、この人の文章だ」と分かるような独自性は。
そして、「この人の話なら、また聞いてみたい」と読者に思ってもらう関係は。
ここから先は、急に授業にしにくくなります。
Associated Pressがこの新しい学位を取材した記事でも、制作技術や交渉、ブランドづくりなどを正式に学ぶ意味を評価する声がある一方で、あるクリエイターは、教室でどこまで「personality」を教えられるのか疑問を呈しています。
また研究者からは、クリエイターの仕事は華やかに見えるほど簡単でも、安定して稼げる仕事でもないという指摘も出ています。
ここで、学位というものの意味が効いてきます。
独学で動画を始めるなら、失敗も自分で引き受けます。
でも大学が授業料を受け取り、4年間教え、学位を与えるなら、学生は当然こう考えるでしょう。
この学位は、何を保証してくれるのか。
大学は、120単位を修了したことを証明できます。
課題を評価し、一定の技術を身につけたことも確認できるでしょう。
でも、読者がその人に関心を持つかどうかまでは証明できません。
これは、クリエイターだけの話ではないと思います。
いま私たちは、二つの評価の仕組みの間で働くことが増えています。
一つは、大学、企業、資格、肩書きの世界です。
能力を学び、誰かに評価してもらい、その証明を次の組織へ持っていく。
もう一つは、もっと直接的な世界です。
何かをつくって外へ出す。そして読者や視聴者が、「次も見たいか」を決める。
大学は、「できるようになったこと」を証明できます。
でも、「この人の話をまた聞きたい」と思ってもらうことまでは証明できません。
だから私は、アリゾナ州立大学の試みを軽くみていません。今回の事例も新しく生まれた仕事をきちんと教えようとする試みとして、かなり興味深いと思います。
技術を学べることにも価値があります。
何年も遠回りして覚えることを、体系的に学べるなら、それは大きい。
それでも、最後に残る課題があります。
コースは読者にその人を好きになってもらうことはできません。卒業証書は、次の記事を開いてもらうことを保証できません。
「この人のものなら読みたい」という信頼は、作品を一つずつ外に出し、そのたびに読者と出会うなかでしか育たない。
だから、今のところ私はこう考えています。
コンテンツ制作の学位は取れる。
でも、クリエイターになることは、それとは少し違う。
それは結局、外の世界で、一つずつ確かめてもらうしかないのだと思います。◾️
参考資料:
Sources: Arizona State launches ‘content creation’ major for influencers — within its journalism school
An ‘influencer’ degree? Colleges bet on content creator major as critics question its value
初出:note、2026年8月22日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/nffac90462efd