アイルランドの小説家エドナ・オブライエンは、2024年に93歳で亡くなりました。女性の生きづらさや内面を赤裸々に描き、アイルランドのフェミニズム文学の草分けとして知られる作家です。
最晩年まで彼女は書こうとしていたといいます。
最後に取り組んでいたのは、詩人T・S・エリオットについて。
息子で作家のカルロ・ゲブラーは、母の最後の日々を『No One Tells You: The Last Years of Edna O’Brien』という回想録にまとめました。
彼によれば、母にとって仕事は“the elixir of life”――生命の薬のようなものでした。
オブライエンは1960年の『The Country Girls』で知られるようになります。
女性の欲望や、保守的なアイルランド社会の息苦しさを、まだ公然とは語りにくかった時代から小説に書きました。
その後、アイルランド社会は大きく変わります。
離婚が合法化され、同性婚が認められ、人工妊娠中絶をめぐる法律も変わりました。
すると後から見ると、オブライエンはその変化を先取りした「進歩的な作家」に見えます。
でもゲブラーは、母をそれだけの物語にしてしまうことを嫌がります。彼によれば、オブライエンは政治運動のために小説を書いていたのではありません。
まず作家として、自分が感じたことを書いた。
その作品が、結果として政治的な意味を持った。
ということなんですね。
ここは区別した方がいいのだと思います。
作品が社会を動かしたことと、作者が社会を動かす目的で書いたことは同じではありません。
私はこの話を読んでいて、少し気になりました。
私たちは亡くなった作家を、後から分かりやすい人物に直しすぎていないでしょうか。
フェミニスト。
反逆者。
先駆者。
国民的作家。
どれも間違いとは限りません。
でも一つの言葉で人生全体を説明し始めると、その人が実際に持っていた矛盾や変化が消えてしまいます。
オブライエン自身、晩年まで「自分らしいテーマ」だけを書いていたわけではありません。James Joyce の妻Nora Barnacle について書き、ナイジェリアで誘拐された少女たちを題材にした小説も書きました。そして最後にはT・S・エリオットについて書こうとしていた。
作家は、生きているあいだ変わります。
それなのに亡くなった瞬間、私たちはその人生を完成した一つの物語にしたくなる。
作家を尊敬するというのは、きれいにその生涯を迷いのないものとして説明することだけではないのかもしれません。
その人を、こちらにとって都合のいい物語に完成させないこと、矛盾や違和感も併せて受け入れること。それも、作家とその作品を理解するときに必要な姿勢なのかもしれません。◾️
参考情報
Rory Carroll, “The twilight of Edna O’Brien: son chronicles novelist’s dedication to her craft and the dread of loss,” The Guardian, 6 September 2026.
Carlo Gébler, No One Tells You: The Last Years of Edna O’Brien, New Island Books, 2026.
初出:note、2026年10月6日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n386025575345
カバー画像:アイルランド・クレア州のダーグ湖とキンコラ(1905年)(Public domain, Wikimedia Commons/出典)